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ふたつの嘘とひとつの覚悟

(あらすじ)玄関扉を開けると見知らぬ女子高生が立っていた。話を聞くと、彼女は遠い親戚で、母親が怒り暴れ、父親に家を出てくれと頼まれ渡された住所がここだったようだ。

こちらのnoteは第二話です。

詳細は第一話「高校生の夏、彼女は帰る場所を手放した」でどうぞ。

https://note.mu/kota12/n/ncdbd61b75543




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2019. 08. 03(土)

午前は話し合いをした。

僕はどこまで彼女を尊重できるだろうか。

きっとこれから山のように傷つけてしまうのだろう。



***

昨晩は泣き疲れた彼女にいくつか質問をしたあと少し片付けの時間をもらい、寝室を彼女一人で使ってもらうことにした。

女子高生に部屋を貸すなんて思いもしなかったので、ベッドにファブリーズを撒きすぎて部屋が草原のような香りになってしまったのは仕方のないことだろう。

寝室の灯りはリモコンで明るさを三段階調節できることを伝えると、彼女は常夜灯を選んだ。

かなりぐったりとしていた様子だったが短針が三時を指す頃には寝室の電気は完全に消えていた。少しは休めると良いのだけれど。

リビングでいつもダメにしてくれるクッションを枕にして横になってみたが、今日ばかりはダメにしてくれなさそうだったし、ダメになる訳にはいかなかった。



翌朝、土曜日の九時頃に彼女は寝室から出てきた。



「おはよう、眠れた?」

彼女はTシャツにジャージの短パンを履いていた。昨日かるっていたリュックに入れていたのだろう。

「……はい」

「バスタオルこれ使って。新品だから安心して」

まだ目が覚めきっていないのか腫れた目を見せたくないのか、彼女は目元をこすりながらバスタオルを受け取りにきた。

「あなたがお風呂から出てきたら今後について話そう。湯船もためているから好きなだけ浸かっていい。もちろんすぐ上がってきてもいいし、その後部屋でゆっくりしたければ休んでからでもいいから」

少しずつ顔が困ったように歪んでいく。そりゃ嫌だよなぁこんな訳の分からない状況。

文字にしづらい曖昧な声で返事をして、彼女は寝室に寄りリュックごと持って脱衣所の方へ消えていった。




彼女がどんな子かは知らないけれどいくら親戚とはいえ初めて会う人の家の風呂を使うなんて、何を言われようが長居しづらいだろう。

彼女は20分ほどで風呂から出てきて、おれに一声かけてその言葉通り部屋からも20分ほどで出てきた。服は寝室からでてきたときと同じジャージ。他に何を持ってきているのかも確認しなければならない。

「......どうぞ」

ダメにしてくるクッションを渡すと彼女はカーペットの上に座った。

きゅ、とクッションを抱きしめるその姿は雨に打たれ弱った子犬のようだった。

「順番に話そう。昨晩あなたのお父さんと連絡が取れてね。まず、お母さんは無事らしい。怪我もなく、落ち着いてきたって」

大きく見開かれた目がこちらを向き、すっと細まった。よかった、とか細い安堵の声。

嘘だよ、あなたのお母さんは割れた皿で怪我をしたよ。でも知らなくていい。恐らくあなたが家に帰る頃には治っているから。

「わたしはいつ帰れるかな、明日?」

色白だからなおさら、赤くなったまぶたが目立つ。胸元まである髪の毛先を指で遊ぶ姿がどこか嬉しそうで胸が痛い。

「しばらくは、様子を見たいそうだよ。念のため」

「......どういうこと?」

訝しげな顔。女子高生と接したことなんて、自分が高校生だった頃も含めてほぼないようなものだ。ただでさえ人間というカテゴリの全てが苦手なのに。趣味嗜好が大幅に違うであろう彼女と穏便に意思疎通ができるか不安で仕方がない。

「あなたの身に何かあると怖いから、きちんと落ち着いてから帰ってきてほしいとのことだった」

「本当に?わたしのことが心配なら電話くらいしてくれてもよくない?ねぇ、お父さんは何でわたしに返事くれないの」

よく眠れたはずもないし、冷静でいられないのも無理はない。とはいえ、さっきまで弱っていたじゃないか、おいおい元気だな、と言いたくなる。

この子はもう、大人の都合で騙せる年齢ではないのだ。

たしかに、自分が高校生だった頃はもう大人だと思っていたし、大人たちを少し見下してすらいた。

それなのに今の自分はまだ大人だと言い切れない。この年頃が一番強かったかもしれない。

「お父さんもわたしが嫌になったの?それならそうだと言えばいいのに」

「いや、なにもそんなことは」

噛みつくような口調に思わずしどろもどろになる。ちなみさんは口が達者のようだ。

「昨日の夜もラインしてみたよ、既読すらつかないのにお兄さんとは電話したの?なんで!」

疑問を鋭く吐き捨てる。音量がどんどん上がっていく。

「あなたのお父さんとおれが電話したこと、なんで知ってるんだ」

「夜話し声がしたから起きた」

言葉を語尾に被せて音量も上回ってくる。長いやりとりはできなさそうだ。

「何時ごろだったか覚えてるかな」

「4時くらい」

即答。賢い。負けるな。

「そんな時間にようやく連絡が取れるようになったんだよ、得体の知れない相手のところに大事な娘を置いとくか?おれは男だしお父さんとも面識はない、不安だからこそ、限られた時間であなたじゃなくおれと連絡を取ったんだよ」

う、と彼女がひるんだ。よし、今なら聞いてくれる。早口でまくしたてる。

「おれだって早く返信欲しかったよ。何時間待ったと思ってる。気持ちはわかるしあなたは不憫だ。でもお父さんを信じてやってくれ、しばらく連絡は取れないかもしれないがあなたを大切に思っていることに違いはない」

彼女はむっとした顔で床とにらめっこしている。

精一杯優しくしていたつもりの母に拒絶され、今度は父を信用できるか揺れている。不安になるのも仕方がない。

実際、彼女の父親は娘と向き合う余裕がなく、顔を見たくないという理由でおれに彼女を預かるよう泣きながら懇願してきた。短い通話だったが誠実な印象だったし、誰よりも自身を責めているのが伝わってきて何も言えなかった。

会ったことすらないが庇って嘘をつきたくなるような人だった。

母親についても父親についても嘘は当面ばれないだろう。

今は事実と向き合って傷つく時期ではない。タイミングを選べるのなら少しでも余裕があるときを選ぶべきだ。選択肢を得られるなら悪者でいい。

正直、こんなにぐらついている子に事実を伝えた上でフォローをできる自信もなかった。

「しばらく、というのは、いったんあなたの夏休みを目安に考えよう。一ヶ月。急で頭が着いていかないかもしれないけど、一ヶ月間おれと共同生活だ」

返事はない。

納得いかない顔をしているが、がんばって展開を飲み込もうとしてくれている。

大きめの呼吸を沈黙に押し込めようとしてため息が漏れている小さな姿を見ているだけでも苦しい。

「あなたが望んだ生活じゃないのは重々承知だ。がんばれそう?」

沈黙。冷蔵庫がうるさい。

「お兄さんは、わたしを嫌になったときにちゃんと言ってくれますか」

こちらを見ないまま絞り出されたかすれ声。

こんなの全力で前提を否定したくなるに決まってる。

だけど、彼女の求めている言葉はそれじゃない。

「おれは気の利く人間じゃないから、色々と不便だったり嫌な思いしたりするかもしれない。でもね」

思考がまとまらなくて言葉を選んでいると彼女がこちらを見てくれた。

赤いまぶた、薄茶色の潤んだ瞳、不安と怒りと困惑を混ぜた表情。

「あなたがさっきみたいに、わからないことや不安なことを大きな声で言わなくても、どれだけ小さな声で言っても、絶対に全部聞くって覚悟を決めてる。絶対に全部聞くから。今まではひたすら我慢してたかもしれないけど、ちゃんと聞かせてほしい。じゃないと昨日知り合ったばかりのおれたちじゃ共同生活なんてできないから。もちろん、おれもきちんと思ったことは伝える」

こちらを向いた目から涙がこぼれ落ちた。もう涙腺が壊れているのだろう。

「それは、とても嬉しいです」

彼女は、よろしくお願いします、と抱えたひざに額をつけた。








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三話目はこちら。


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こんにちは、幸村です。

酸欠シリーズ第2話です!

月に2話って少ないようだけどめちゃくちゃ追われています。必死。

ちゃんと続けられるようがんばります。

タワシに紛れるハリネズミ可愛くないですか。











大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。