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ツチノコくん、君の名前は両想いだ
「好き」を丁寧に手入れして「素敵」にしたい。
眩しい笑顔はそう言った。19の頃の僕だ。
どれだけ努力したって人生はうまくいかない。
穏やかになったかと思えば次の瞬間には死角から殴られる。
痛みには慣れたし早く治す方法も学んできた。
とはいえ。
幸せになりたいじゃないか。
帰る場所さえあればどんな苦痛をくらっても幸せだと言える気がする。
恋愛したいな、なんて思ったのは涼しくなってきた夕方にスピッツを聴きながら散歩していたときだった。
「帰る場所として恋愛を求めるあたりがお前らしくてすっかりダメだね」
友人は冷めた目で僕を見ながらコーラをすすった。彼の目が優しかったことなどない。冷たさも色も痺れるような切れ味もコーラに似た瞳だった。
「候補は友人か恋愛か仕事しか思い当たらないよ」
僕が選んだのはジンジャーエール。彼も僕も、映画館では炭酸を飲むと決めている。
「自己完結しないものに依存しようとしている時点で穏やかな日常なんて手に入れる気ないだろ」
「外にある居場所だから価値があるんだよ、少なくとも僕にとっては」
「そんなのたまに出会えるご褒美であって、基盤にしようとすると綻びが出る。絶対だ」
入場開始のアナウンスが流れた。僕たちの観る作品ではない。空いたソファに腰掛ける。
「元からぼろぼろだしなぁ」
「諦めてるのかなんなのかよく分かんないな」
「諦めてるけど憧れてるんだよ。分かりやすい幸せがほしいな、どこまでも突き抜けた両想いになりたい」
「お前は好きになられたら好きになりそうだもんな、出会いさえ増やせばいいんじゃない」
ジンジャーエールを啜ると氷が出てきた。ガリガリを奥歯で噛む。嗅覚と味覚が手を取り合ったようで、キャラメルポップコーンの味がした。
「出会いなぁ。僕が憧れる人には僕を好きにならないでほしい」
「あ、それはちょっと分かる。今までも今も違う環境に身を置いている人と恋愛するなんてさ、お互いめちゃくちゃ歩み寄らないと成立しないじゃん。憧れの人が俺側に堕ちてくるなんて絶望するわ」
「そうそう、そんな感じ」
ふたりでけたけた笑っていると壁際のカウンター席に座っている中年の男性がこちらを見た。うるさくはしていないけれど、会話していることそのものが耳障りだったかもしれない。申し訳ないが今は僕にとって大切な時間なんだ。さらに声のトーンを落とし、会話は続く。
「完璧な両想いは俺史上未観察なんだよなぁ。どこかに諦めがあるというか、妥協があるというか」
「どちらかの愛情が大きくなりがちだよなぁ、元の質量の違いか、出力の違いかはあっても、目に見える部分で測ったときに釣り合わないことがほとんど」
「そうそう、あいつらツチノコだから」
「ツチノコ?......そうだなぁ、僕も見たことないかもな、純正の両想い」
「ジェネリック両想いでいいんだけどな」
「仕事が出てるぞ」
「費用削減できるし国も推奨してるんだ、効果も安全性も保証されてる」
「なんの話だよ」
「純正の両想いが完成するまでには長い年月と莫大な費用と幅広い知識、何より無数の判断が必要なんだ」
なるほど、と相槌を打ったが友人は満足したのか飽きたのか会話を続けずコーラを飲む。
そのまま、あれ面白そう、と天井からぶら下がったモニターを彩る作品に集中してしまった。その横顔は口が半開きで、僕のことなど忘れているんじゃないかと思うくらいモニターに釘付けだった。オーケー、今夜の真面目な話はおしまい。
仕事終わりに合流して観るレイトショーが好きだった。
いつもおどけていて他人への興味を捨てた男が、劇場に入るまでの五分だけまじめな話に付き合ってくれる。
劇場から出たあとは煙草を一本だけ吸いながら感想を交わし、それぞれの車で帰路に就く。
次は何を観ようか。恩田陸がいい。俺はビートルズのやつ。じゃあ日にち決まったら見やすい時間の方で。じゃあ、また連絡する。ああ、また。
***
「すき」に手を入れて「すてき」にする、っていうの実際に僕が言った言葉なんですけどめちゃくちゃ照れくさくて、未だに飲み会で友人にからかわれます。
純粋で可愛いだろやめろよ笑うなよいや笑ってくださいお願いします。までがセットです。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。