嗚呼、無関心の愛よ
中身の入ったビニル袋の潰れる音がした。
レースカーテンのあちら側、ベランダの真ん中で風に揺られる白いコンビニ袋。
何事かとベッドの上で身を強張らせていると、次は先ほどより鈍い、人間の潰れる音がした。
絵の具を溢したような夏空から落ちてきた彼はしばらくして起き上がり、眉間にしわを寄せこちらを見た。
身動きできなかった。
その人はよく知る人間だった。同じ学科の、唯一といっていいほどに気を許した友人だ。穏やかな気性の彼は優しさの伝え方に関して躊躇いがない。
彼は汚れた膝を払い、ビニル袋を指にひっかけ、鍵をかけていなかった窓を開ける。
窓を開ける手の動きに合わせ蝉の叫びが部屋へ雪崩れ込み肺を満たした。相手のことなど考えずに好き勝手歌う蝉たちは自らの命の残高を知っているのだろうか。
生暖かい風が雲を流し、彼の少し癖のある髪とビニル袋を揺らし、ついでに頬を撫でられる。せっかく隠れていた部屋を白に暴く憎い日光。溢れる光を背で遮りながら彼はいつもと変わらぬ口調で問う。
「お邪魔していい?」
彼のかたちをした影がベッドを覆い隠してくれた。
どうぞ、と発したつもりが声にならなかった。
彼は俺の意図を察したようで、脱いだ靴はそのままに部屋へ入ってくる。後ろ手に窓を閉め、部屋に静寂が戻る。蝉たちを完全に黙らせるその姿はまるで指揮者のようだった。カーテンも雑に閉めてくれたので眩しさから逃げて毛布に包まらなくても大丈夫そうだ。
「ほら、ウイダー」
ぽん、と俺を包む掛け布団の上に投げられた白い袋にはゼリーが数種類入っていた。
「なんで」
彼はこちらを見ずにカーペットの真ん中に腰を下ろし、ゲーム機のスイッチを入れた。
壮大なオープニング曲をスキップして選ばれる冒険の書。続きから始まる世界を救う旅。
彼の猫背とその先のテレビに映る鮮やかな冒険はちぐはぐで、でもその背中は確かに空から落ちてきた。
寝起きだからか、もしくは緊張しているのか。口の中が乾いて気持ち悪い。つばを飲んで言葉を選ぶ。
「ねぇ、和臣。おまえなんできたの」
「二年になってから休むの初めてだったから」
戦闘をしつつ即答。コントローラーのカチャカチャ音の後、キャラクターたちが派手な特技を繰り広げている。
たしかに、大学一年生の頃はかなり休んでいた。出席することの方が珍しかったくらいだ。持ち前の身体の弱さと家を出たストレスとで自暴自棄だった。
二年に上がってから休んでいないのは努力もあったが偶然に近いもので、自分以外に気付いてくれる人間がいるなんて。
「上から降りてきた、よな?」
ここは三階だ。たしかに彼の背丈なら上階から降りてこれるかもしれないが、穏やかな性格の彼がそのようなことをする姿は想像がつかない。
「んー、遥連絡つかないし。上の部屋の人優しかった。ここのボスって何が効くの?タコってなんか強いよな」
日常会話の域を出ない声音での返答に拍子抜けしつつ枕元のiPhoneを手に取ると、LINEの通知が複数件溜まっている。気付いてなかった訳ではないが、夢現で意識が向かなかった。
「......村の人と話してから戦闘に入れば協力してくれるよ、あとあいつはイカ」
「まじ?やっぱ全員と会話しなきゃか」
ふー、と軽く伸びをして村人と会話する彼。
上の階から降りてまで訪ねてきたくせに。何も触れずに過ごしてくれるのか。
そんなことあるのか。
実家では後継ぎとしてしか見られず、常に誰かに品定めされながら過ごしてきた。
煩い外野と好奇の視線に晒され、愛情は裏返され、自分の外側と内側が徐々に乖離していくような成長を遂げた。
「休んだ理由、聞かないんだな」
彼は手を止めて顔をこちらに向けた。
「興味ないからな」
少し悪戯っぽく笑ってすぐゲームに戻るその猫背に、身体の奥底から何か温かいものが溶け出してくるような心地を覚える。
好意の対極は無関心だなんて言ったのは誰だ。
嗚呼、無関心の愛よ。
食べ物に好みがあるように、優しさの表現方法に好みがあったっておかしくはない。
ビニル袋を開くと、ゼリー飲料で唯一好きなグレープ味がこちらを見ていた。
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お久しぶりです。幸村です。
『クランベリー型形態素』より、大学二年の二階堂遥と行橋和臣。
遥は髪色鮮やかなので空から降ったきたら絵になるなーと書き始めましたが、無関心じゃなくて計算でこういうことやりそうだから選手交代しました。
和臣が遊んでいるのはドラ○エ11です。
みんフォトをぼーっと見てたら素敵な青空。タップすると百瀬七海さんの写真でした。ありがたくお借りしました( ´ ▽ ` )
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週2更新に戻るのはまだ先かもしれませんが、少しずつ更新していけたらなぁと思っています。
よろしくお願いします。
大好きなマイルドカフェオーレを飲みながらnoteを書こうと思います。