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マルバアサガオ

ハート型

 彼と暮らしていた町は葉っぱに囲まれていた。要はド田舎で、道路脇の草刈りを十分にする予算も無かったのであろう。道路の左右は茂みであり、茂みが途絶えると家があり、交差点がある。
 朝夕の犬の散歩でいつしか草を愛でるようになっていた。老眼では花の形さえよく見えない小さな小花やハート型の葉っぱが好きな自分に気がついたのはその頃だった。それらは雑草であり、朝顔を言えども園芸品種なので、なかなか目にすることは無かった。私が好きなハート型の葉の朝顔は無かった。

 小学校1年生、私の夏休みの研究は朝顔の研究だった。2歳年上の兄が1年生の時に昆虫採集をして父の手による巨大な標本箱(1.5m×1.2m)と母の手による標本は賞を取った。次は私の研究で賞が欲しかったのであろう。
 故に、家の裏は幅2m弱の間口で窓から日が差さない程の朝顔で埋め尽くされ、2階に届きそうな勢いで茂った朝顔の咲いた数を毎朝数えるように言われた。毎日数百の花が咲いた。無理だった。数え切れない。かくして毎朝叱られるルーティーンが出来上がった。

 彼が心筋梗塞からの解離性大動脈....という若干腑に落ちない原因で亡くなってから、心臓を模したハート型が苦手になっていた。十分にトラウマになりそうな要素が揃っているのに、ハート型の葉っぱを受け入れられるのは何故なのか逆に不思議に思ってしまう。ここ、突き詰めるとちゃっかりトラウマを克服できるヒントがありそうだ。

日傘

私は空が好きだ。たぶん海も好きだ。この〈たぶん〉が曲者で、彼が海を愛しすぎていた人だったので、自分が純粋に海が好きなのか、彼のフィルターで好きなのか判断が難しい。

傘とトラウマ

  この自分の気持をジャッジしていた。何故に私は好きになった理由を判別しようとしているのだろう?
 彼が海が好きだったから影響されて好きになっても
 海の中の小さな生き物が可愛くて海が好きでも
 彼と一緒に船で海釣りに連れて行って貰いたかったでも
理由がこうだから本当は好きじゃないのではないか!とジャッジする必要は無いと思った。これが私の思考の癖なのかしら?

この理屈で考えると、私がハート型の朝顔を好きでいるのは腑に落ちなくなる。やっぱり無駄な思考回路ができているのだと思う。

 そこで日傘だ。こんなに折りたたみ傘が主流なのに、どうして傘立ては長傘のためのスタイルなのだろう。傘立てに〈どうしようもなくてすみません〉という雰囲気で置かれた折りたたみ傘が苦手だ。せめて長傘のように外側にストラップが1つあれば「ちょっと短いですが、自立できるんです」とすんなり収まるだろうに...。コレをクリアできるアイデアがあれば折りたたみ傘でもいいかな...。

 私の脳内は暴走し始めている「気に入った傘が無ければ自分で描けばいいんじゃないの」たぶん、コレを考えているのは私自身が明るくてエネルギッシュだと思っていた自分のほうである。

 もう一人の大人しい私はシンプルな傘を選ぼうとしている。彼女のキーワードは〈無難〉である。モノトーンで目立たない物を選ぶ。小さい頃から母の顔色を伺って「これを選べば怒られないだろう」という選択を繰り返していた。今となっては世間の顔色を伺い、通勤途中にすれ違うだけの見ず知らずの人に変に思われない傘を欲しがっている。

ネガとポジ

 私の中にこの正反対の2つの思考があっても何の問題も違和感もなく暮らしていた。まだ十分に自分を分析できてはいないけれど、感覚としてはツンデレのようなものだと思う。ツンとデレの代わりにネガとポジ。

 彼という安心感の中で明るい自分のままで暮らし、生まれも育ちも違う二人の人間の間に生まれる違和感は、無難なネガが切り抜け方を考え、蓄積されるストレスはポジが言語化し火花を散らし、次のお腹が空くタイミングまで嵐を呼び、空腹に負けた二人で「おいしいね」と仲良く食事をしていた。

 安心感の後ろ盾が無くなった私は、ポジは社会生活のための仮面となってしまい、無難なネガは周囲を注意深く警戒しながら伺っている。

バランス

 アダルトチルドレンがグリーフから回復しにくいのはこのバランスを取る感覚が苦手なのかも知れないと思った。ポジティブが仮面となってしまい柔軟性を失ってしまい、無難を選ぶネガティブが弾けたい気持ちを抑え込む。自分の内面でストレスを生み出すループができてしまっているようだ。

 また、客観的には慎ましい生活だったのかも知れないけれど、私は世界一幸せだと思っていた。自分の気持ちのまま笑い、怒り、働き、サボる。この人を信じていて大丈夫という確信。普通に地上にある幸せなのだと思う。しかし、天上の幸せだったと思ってしまっているので、奈落の底に落ちた気持ちがある。

 私はずっと地上にいた。この地上で幸せに暮らしていた。きっと自分の気持ちが上がる程度に弾けても大丈夫。他人は私に無関心だろう。傷つけてくることもない。傷つけてくるのは大抵は身内だった。少し〈無難〉からハミ出てみよう。そこはまだ常識の範囲内かも知れないけれど。

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