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黄色はレモン、レモンは遅い、遅いはエスカレーター?

 コロナ禍の夏、子どもたちはどれだけの想い出をつくれたのだろうか。夏の風景に欠かせないのが、色とりどりのかき氷だ。田舎の縁側で、プール帰りの駄菓子屋で、高原の売店で、海の家で。イチゴにメロン、レモンにブルーハワイ。
 ところで市販のかき氷のシロップは、すべて同じ味だと知っていましたか?しかし赤いイチゴはほんのり甘く、黄色いレモンはちょっとすっぱかったはず。シロップの味は、色によって感じ方が変るのです。このように、ある感覚が別の感覚の影響を受けることを「クロスモーダル現象」と呼ぶ。
 
 ある味覚センサーのメーカーが市販のシロップを調べたところ、イチゴもメロンもブルーハワイも同じという結果が出たそうだ。全てにおいて、強い甘味とほどよい酸味を持ち合わせており、その強さは3種類でほぼ同じだった。

味覚センサーレーダーチャート

 東京大学では「おばけジュース」の実験をした。
 透明のコップに色の変わるLEDを装着し、甘いショ糖と酸っぱいクエン酸を溶かした水を注いだ。それを19人の被験者に飲んでもらい、ジュースの味を聞いた。
LEDをオレンジ色にしたときは、8人が「オレンジジュース」と感じ、3人が「ピーチジュース」と感じた。黄色にしたときには、9人が「レモンジュース」、3人が「パイナップルジュース」だった。緑色では、12人が「メロンジュース」、2人が「リンゴジュース」と答えた。

 視覚によって味覚が影響を受ける例は多い。
 フランスでソムリエの卵たちに、赤く着色した白ワインをテイスティングさせたところ、赤ワインに使われる表現が出現した。
 ヘッドマウントディスプレイ(仮想現実を体験するゴーグル)にトロやサーモンの握り鮨を映して、マグロの赤身の握り鮨を食べさせると、トロやサーモンの味を感じるそうだ。また、チョコレートクッキーを映して匂いを漂わせると、普通のクッキーがチョコレートクッキーに感じるらしい。

格付けチェック2

 今年8月、まったく新しいクロスモーダル現象を発見したと発表があった。 
 国立研究開発法人 情報通信研究機構は、「香りによってスピード感が変わる」と伝えた。レモンの香りは映像の動きを遅く感じさせ、バニラの香りは速くすることが判った。
 研究チームは、参加者にレモンかバニラの香り、あるいは無臭の空気を1秒間噴射した。その後、参加者は、画面に表示された白い小さなドットの速さを答える。香りはレモン、レモン2倍、バニラ、バニラ2倍、無臭の5パターン。ドットの速さは7段階であった。14人に参加者に対して、これの組合せを15回計525回繰り返した。その結果、同じ速さでも無臭の時に比べ、レモンの時は遅く、バニラの時は速く感じられることが判った。
 さらに機能的磁気共鳴画像法によって脳活動を調べたところ、香りによって脳の視覚野の活動が変わることも確認された。
香りによって、なぜ映像のスピード感が変わるのか。時間感覚が変わるからか、注意の配分が変わるからか。その詳細なメカニズムについては、今後の研究課題のようだ。
 レモンの香りをたくさん嗅ぐと、オジさんでも大谷の速球も打ち返せるようになるのだろうか。そのうちMLBのベンチでは、レモンの持ち込みが禁止になるかもしれない。

加速装置2


 止まっているエスカレーターを昇ったり降りたりする時に、ちょっとした違和感がある。これは「壊れたエスカレーター現象」と呼ばれる。
 動いているエスカレーターのステップに乗った瞬間に、足は前方に運ばれる。バランスを保つために、身体はこの動きに対応して素早く重心を前に移動する。一方エスカレーターが止まっている時にも、止まっていると意識していても、脳は動いている時と同じように乗り込む動作を自然に行ってしまう。素早く前に重心移動するために躓きそうになるのだ。
 NTTコミュニケーション科学基礎研究所は、エスカレーターの実物大模型を用意した。これに黒い覆いが掛けてあると、普通の黒い階段として上り下りできる。ところが覆いを取り、エスカレーターと視覚的に認められるようにすると、体が前に倒れそうになるそうだ。

 オジさんには、小学生の頃に地元仙台でエスカレーターに乗った記憶がない。小学生のオジさんなら「壊れたエスカレーター現象」は起きないかもしれない。
 その頃は、毎年夏になると母方の実家へ行った。裏にはトウモロコシの畑があった。仙台弁だと「トミギバダゲ」。その風景を思い出すと、炎天下の草いきれが感じられるような気がする。

     や・そね
<参考資料>
論文
「Olfactory stimulation modulates visual perception without training」Frontiers in Neuroscience
02 August 2021

プレスリリース
『香りでスピード感が変わることを発見〜レモンは遅い、バニラは速い〜』国立研究開発法人情報通信研究機構2021年8月19日


書籍
『スタンダード感覚知覚心理学』 綾部早穂・熊田孝恒 サイエンス社
『ビジネスに活かす脳科学』 萩原一平 日本経済新聞出版社

雑誌
「視覚情報によって誘発されるクロスモーダル効果」 岡嶋克典 情報メディア学会誌 Vol.72 No.1,pp.8~11(2018)
公益財団法人鉄道総合技術研究所HP 『人間科学ニュース』 2007年11月号(第152号)https://www.rtri.or.jp/rd/news/human/human_200711.html
『NTT技術ジャーナル』2012年vol.24 No.2

WEB
「かき氷のシロップの味は“幻覚”だったのかを味覚センサーで検証してみた!」味博士の研究所 AISSY株式会社
「かき氷のシロップはどれも同じ味!? 見た目が変わると、味が変わる不思議」 鳴海拓志 考えるメディア  
「かき氷のシロップはみんな同じ味?」 かき氷屋.com

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