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「今が一番いい時だね」

静岡生まれ静岡育ちの私には、いつもサッカーが身近にあった。
5歳年上の兄がサッカーを習っていて
気がついたときには
当たり前な顔をしてサッカーボールは必ず玄関にいた。

「ちょっとボール投げて」
兄にアシスタントを頼まれ
夕方、一緒にサッカーをするのが日常。
ボールが当たるとすごく痛くて、正直嫌だなぁと思っていた。
兄が中学に入ると部活で忙しくなり、
一緒にサッカーをすることがなくなったのに
私はいつもサッカーボールを持って外に出ていた。
あたりが暗くなり、街灯がつき始めてもボールを蹴っていた。
そのおかげで、体育の授業がサッカーのときは
男子たちを抜き去り、ゴールを決めることも多かった。

「おー!!すげー!」

男子達からの賞賛も嬉しかったが
ボールと一緒に走るときの
清々しい気持ちよさが好きだった。
その時だけ、キャプテン翼の翼くんになったように感じた。


中学に入り、子供から大人になりかけの体になると
サッカーをしなくなった。
兄は高校でもサッカーを続けていて
変わらずにボールはいつも玄関にいた。

Jリーグがはじまるちょっと前から
通っていた女子校ではサッカー選手がブームになっていて、
教室でみんな雑誌を見たり、
好きな選手について楽しそうに語っていた。
制服のまま試合を友達と見に行ったときは
初めて見たプロのサッカー選手の試合に興奮して帰宅した。

カズこと三浦知良選手の人気は凄かった。
いつもキラキラとした笑顔をしていて
女子高生達のハートをドキドキさせていた。
私はこの選手が一番好き! と言うのはなかったけれど
カズ選手は凄いと思ったし
中山雅史選手は「オレ中山-! 写真撮って!」と話しかけてくれ、
気さくな人柄がいいなぁと感じた。

「友達が言ってたけど明日、 カズ選手とか練習合宿に来るんだって」
社会人になっていた兄に言うと
「行ってきて! サインもらってきて!」
無謀な頼み事をされた。
兄は社会人になってサッカーをやめていたが
サッカーへの愛は、少しも変っていなかった。

兄の言うことは絶対で育った私は
サッカー好きの友達と一緒に
放課後電車に乗って合宿場所まで出かけ
初めて遠出をする事にワクワクとドキドキで胸は高鳴った。
選手達が泊まっているホテルの駐車場につくと
同じ学校の生徒がたくさんいて驚いた。
ホテルの窓から顔を出した武田修宏選手と話をしてる子や、
他の選手がいないかキョロキョロとしている子など
キャアキャアと盛り上がっていた。
「もうみんなホテルに戻っちゃったかもね」
「まだわかんないよ」
私はあきらめかけたけど、友達は鼻息を荒くして、その場から動こうとしなかった。

日暮れが近づくとともに、だんだんと女子高生のお仲間がいなくなり、
帰ろうか、と声に出そうとしたら
「グランドの方に行こうよ。まだ練習している選手いるかも」
友達が立ち上がって私の手を強く引いた。

田舎道を無言で二人で歩いていると
体を引きずるように歩いてくる選手が、前からやって来た。
何かと戦ったように傷つき汚れ
足のあちらこちに氷の袋をテープでまいていた。

三浦知良選手だった。
テレビや試合で見ていた姿と違っていてビックリしてしまい
私はそっと通り過ぎようとした。
「カズ選手、サインください」
友達は臆することなく色紙を差し出していた。
ハッとして、友達に便乗するように
美術部で使っていた画用紙帳をおそるおそる出した。
急なことで、色紙を買う時間がなかったからだ。
満身創痍なのに、カズ選手は嫌な顔もせず、私たちにサインを書いてくれた。

「学生さんかな?」
「はい!高校生です」
「今が一番いい時だね」
カズ選手は少し笑って、でもちょっと寂しそうに言った。
私たちはお礼を言ってカズ選手の後ろ姿を見送り、興奮しながら駅まで歩いた。

「凄い凄い!」
家に帰ると、兄はとても喜んで
カズ選手のサインを額に入れて飾った。
その日の夜、カズ選手の今日の姿を思い出した。
私には考えられないほど練習をして
ボロボロな姿になっても頑張っていて
いつもの笑顔ではなかったけど格好良かった。
そう心の底から思った。
輝かしい笑顔の裏には
とてつもないトレーニングや練習の時間があるんだ。
そんな素振りを見せず輝いているカズ選手を尊敬した。
今が一番いい時って言ってくれたけど、
カズ選手は高校の時が一番良かったのかな?
その頃は考えても答えはでなかった。

それからJリーグが始まり、兄はエスパルスを応援するようになった。
試合に何度か連れて行ってもらったが
一緒に楽しんでくれる彼女の登場によりそれもなくなった。
近所のブラジル料理店で選手と一緒に食事をしたり
中学の先輩がJリーガーになったり
狭い借家に兄の友達が大勢来て父母も加わり、ドーハでの
日本対イラク戦を見て大騒ぎしていたこともあった。

どんどん新しい選手が出てきて、海外でも活躍する選手が増え
日本のサッカーが凄いスピードで変わっていくように感じた。
ワールドカップに出場した時は
テレビの前で正座をして観戦をしたことを懐かしく思う。

今もJリーグのサッカーチームがある市に住んでいるため
娘はJリーグの試合を授業で観に行ったり
グッズをもらってきたり、選手が学校に来ることもある。
相変わらずサッカーは身近にいる。

今思い返すと高校時代は笑いで毎日が満ちていた。
確かにカズ選手の言う通り、いい時だったと思う。

サッカー選手の活躍を目にするたび
『笑顔がキレイな君の裏側こそが美しい』
と言う歌詞を思い出し、心がギュッと熱くなる。

月日が経って
「今が一番いい時だね」というカズ選手の言葉を
その時々で使っている。

夫と出会ったとき。
娘が生まれたとき。
面白い友達と仲良くなったり、ケンカしたとき。
病気になって体が思うように動かなくなってしまった今も。
「今が一番いい時だね」
そんな風に思うようになった。

それは今も現役で、キラキラな笑顔でサッカーを続けている
カズ選手を見ているから。

どんな時も真っ直ぐに、練習は相当キツイと思うけど
それでも
カズ選手を見ると
「今が一番いい時だね」
そう思う。

J1最年長出場記録 54歳12日。

本当に凄い。
私も一生懸命生きて行こうと頑張る気持ちが湧いてくる。

辛いこともしんどいことも、この先にはあると思うけれど
キングカズ選手からいただいた言葉は
私の心の中で色あせることなく
今も宝物のように輝き続けている。



***

先日、雅樹さんのnoteを拝見し、
心が熱くなり
私の中のサッカーとの思い出や
大切な言葉を聞いて頂きたく記事を書きました。
雅樹さん、拓夢選手ありがとうございました。


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