見出し画像

Horror House カンパニー EP1

職を失った三浦 敦みうらあつしは勢いでお化け屋敷をプロデュースする会社
『Horror House カンパニー』に入社した。
そこで年齢不詳のエスタ、大男のタラハシ、気味の悪いアナ、お調子者のチャッキーという個性豊かな先輩社員と出会う。

「まずはお化け屋敷に必要な怖い経験をしてレポしてこい! 入社試験だ」と言われ、怪談師のジェイミーから怖い話を聞く羽目になる。
怪しい行事 “蟲封じ祭”に、敦は一人で参加することになるのだが……。

怖いものは嫌い!
面倒くさいことも嫌い!
そんなヘタレな主人公・敦は果たして無事に生きて帰ってこれるのか?

ドキドキハラハラのパニックホラー!! 
いざ、開幕!!

あらすじ


 普通じゃん。
 思っていたよりも普通の建物で三浦敦は拍子抜けしていた。
「場所をメールで送ります。古民家を改装した建物になりますので」と聞いていたので、てっきりもっとボロいかと思ってた。建物の前にある駐車場から降り、敦は会社を眺めた。

 今時見ない瓦が重そうに屋根に乗っている。リノベ済みなのか外壁は綺麗な紺色でつやっとしていた。周りに民家はない。
 『Horror House カンパニー』と白地の看板に赤い文字で書かれていた。

 半年前、敦が務めていた会社が潰れた。気の毒に思った敦の友人たちはたまに食事に誘ってくれたり、仕事を紹介してくれるときもあった。が、当の本人は周りが思うほど思い詰めておらず、むしろ、なんとかなるだろうと思っていた。
 職を失ったのは、まぁ、ビックリしたけど親が残した財産もあるし。そんな感じでのらりくらりと敦は過ごしていた。母親は敦が中学の頃に、父親は敦の大学卒業後に他界していたため、敦をとがめるものは誰もいない。お気に入りのアニメを観ては好き放題ゲームに課金し、お腹が空いたらどこかへ食べに行く。もちろん、自炊は一切しない。半年間、こんな生活を続けていたらあっという間に金がなくなった。そもそも父親の死後、保険金はおりたが、父親の事業の借金返済に使ったため手に入った金額はさほど多くはない。

「そろそろ、かな」

 通帳に刻まれた数字を見て、敦はようやくぼそっとつぶやいた。
 服は脱ぎっぱなし、食器は台所に山積みになっているし、どのぐらい前のものかわからないゴミが部屋の片隅で静かに異臭を放っている。カーテンも閉じたまま。浴びる光といえばゲームやスマホから放出されるブルーライトぐらい。
 働きに出ていた時は比較的規則正しい生活をしていた。敦なりに掃除もしたし、気が向いたときにはちょっとした料理も作った。今の楽しみは来週新しいシーズンが始まるアニメのことだけだ。

「やばいなぁ」

 敦はボリボリと頭をかきながら、ソファにどすっと腰を下ろす。そういえば、最後に髪を洗ったのはいつだっけ? 一瞬、そんな問いが頭の中をよぎったが敦は考えるのをやめ、仕事を探すことにした。

 大学を出ても、特にやりたい職業もなく、どこにでもあるような営業職に就職した。惰性でなんとなく続けていたので、会社が潰れたときもショックを受けることはなかった。敦には欲がない。来る者拒まず去る者追わず。いつだって受け身の姿勢で積極性がない。そこが敦の長所でもあり、短所でもある。
 スマホの画面をスクロールしながら、何か働き口はないかと探す。とにかく生きていくには金が必要だ。仕事の内容なんかどうでもいい。
『ホラーハウスカンパニー! 私たちと怖いお化け屋敷を作りませんか? 年齢・性別・経験問わず』
 スクロールしていた指が止まる。

「これって昔、ミクがいつか一緒に行ってみたいって言ってたやつだよな?」

 元カノがホラー好きだったこともあり、付き合っていた頃はしょっちゅうホラー映画やお化け屋敷に付き合わされた。怖いものが好きか嫌いかと言われたら、嫌いな分類に入る。だが、元カノとの日々を経て今は少しだけ「怖いもの」が面白い、と思えるようになった。
 トークアプリを開く。敦は重い体をよいしょっと起こし、ミクとの会話を読み返す。別れた彼女とのやりとりをまだ残している自分が女々しく思えたが、今はそんなことより気になっていることを確かめたい。

「やっぱり」

 思わず大声が出た。

岩鬼龍いわきりゅうって凄いんだよ! ホラーハウスカンパニーって会社を作った人でね、お化け屋敷プロデューサーなの。各地でいろんなお化け屋敷をプロデュースしてるんだよ。去年は京都のお寺で開催されたし、その前は廃墟でもやってて。めちゃくちゃ人気でチケット手に入らないときもあるんだから。これ、URL送っとくからチェックしてみて』

あの時ミクは興奮気味だったけれどお化け屋敷って、子供だましだろと思い興味なさそうに返事をした覚えがある。ただすごく変わった名前だったから覚えていた。

 今までの営業の仕事よりきっと面白い。
 それにお化け屋敷のプロデュースって、楽そうだし。話のネタになりそうだ。早速応募要項を確認し、名前や年齢を打ち込んでいく。
「こまかっ」
 応募要項にはたくさんの項目があり、自分のことをとても細かく必要があった。家族構成、身長、体重、血液型、病歴……。敦は面倒くさいと思いながらもなんとか必須項目にすべて回答し、履歴書を送信した。
 翌日、すぐに「採用」と返信が来て、正直詐欺じゃね? と疑いたくなる。一応、ホラーハウスカンパニーの住所が合格通知とともに記載されており、そこへ来るように、と書いてあった。
 敦は久々に風呂に入り、歯を磨き、クローゼットの奥にあったスーツを着て出かけることにした。

 自宅から車で一時間。会社は少し街外れにあった。
 午前十時前なのに、周りには木々がうっそうと生い茂っていて薄暗い雰囲気が漂っている。ホラー映画の序盤にでてくる呪われた屋敷のようだ。さすが、お化け屋敷をプロデュースするだけあるな。砂利敷きの駐車場には黒いワンボックスカーが停まっている。敦はその隣に車を止めた。車から降り、窓ガラスで再度ネクタイの曲がりをチェックする。
 数年前にクリーニングに出しそのままにしてあったスーツは思ったよりくたびれていなかった。

 真っ暗に塗られたドアに、異様に赤いインターホンがついていた。血のような深い赤色をしたインターホンを鳴らす。
「ギャーーーーーーッ」
 突然、叫び声がして敦はびくっと体を震わせた。人間とも獣とも言えない叫び声はどうやら、インターホンから流れているみたいだ。マジビビるわ! 敦はドキドキしている胸に手を当てた。

「ホラーハウスカンパニーです」
 悲鳴がやむと、女の声が聞こえてきた。やけに明るく、甲高い。

「面接に来た三浦と申します」
 呼吸を整え落ち着いた声で返事をした。

「はーい。鍵は開いているのでどうぞ~」
 ドアは見た目よりも軽く、力を込めてドアを押した敦はよろけそうになる。なるほど。怖い雰囲気にしようとしてただけなのか。
 室内に入ると外の暑さとは打って変わり、涼しい。いや、少し寒いぐらいの空気が敦の体に流れ込んできた。
 誰か人はいるのだろうか。
 黒いカーテンで明かりが遮られているため、室内の様子がよくわからない。壁に埋め込まれた間接照明がかすかに頭上と足下を照らしている。とにかく壁が赤く、落ち着かない。室内には、今まで嗅いだことのない甘ったるいスパイシーのような香りが漂っていた。
 お、誰かいる。

「すいません。面接に来た三浦ですけど」

 にこやかに近づいてから、敦はひどく後悔した。衝撃のあまり、歩む足どころか息の根まで止まってしまいそうだ。
 うわっ!……なんだ、これ。
 目玉と舌を抜き取られた老いた男のオブジェが、敦を見下ろしている。土色の肌が妙に生々しく、男の左手には金色に輝く六角形の飾りがぶら下がっている。
 敦はそうっと部屋を見渡してみた。さっきよりも暗がりに目が慣れてきている。
 よく見ると、男のオブジェの他にもいろんなものが飾られている。ドクロや斧、黒い桜の木? 血まみれになった頭部のオブジェに、瓶の中には眼球が数個浮遊している。おまけに指や歯が収集されたガラスケースまであった。
 まさか、本物……なわけないか。
 驚いたことは認めるが、ここはお化け屋敷をプロデュースしている会社だ。どうぜ全部作り物だろう。そう自分に言い聞かせ深呼吸した。
「にしても、よく作ってあるなぁ」
 敦が男のオブジェに触ろうとしたときだった。

「いらっしゃーい。じゃなかった。こんにちは!」

 女の声が聞こえ、慌てて敦は伸ばしていた手を引っ込める。振り向くと、女の子がいた。
 小学生? いや、中学生か? 白いワイシャツにリボン型のネクタイ、ブラックウォッチのミニスカートを履いている。敦にニコニコと人懐っこい笑顔を向けていた。
 子供? 社員の娘とか? ポニーテールをブランコのように揺らしながら、女の子が礼儀正しくお辞儀をした。つられて敦もお辞儀をする。
数秒経過、もう一度目の前にいる人物をしっかり見つめた。どこからどうみても子供にしか見えない。
 女児は人差し指を自分の唇に当て、嬉しそうに敦の周りをゆっくり歩きながら上から下までじろじろと眺めている。爪は真っ赤に塗られていた。
 なんか、不気味。
 奇抜な女児に面食らって敦は少し怖じ気づき顔がこわばった。でも、まぁお化け屋敷って子供も楽しみたいもんな。子供の意見も取り入れているのかも。そう考え直す。

「履歴書、持ってきてくれましたか?」

「ああ、はい」

 敦は女児に履歴書を差し出す。女児は封筒から履歴書を取り出しざっと目を通し
「はいはい。承知しておりますよ。文句なしの合格です。私より年下かぁ~。かっわいい」
 そう言って履歴書をポケットに入れ、自分の真っ赤に染まっている中指の爪を噛みだした。

 年下って聞こえたけれど、冗談だよな。
 敦は気になってもう一度女児を見る。やっぱりどうみても子供にしか見えない。そんな敦を気にすることもなく、その女児のような女はこちらへどうぞ、と部屋の扉を開けた。案内された部屋は驚くほど普通の部屋だった。
 さっきの部屋とは打って変わり、コンクリの壁に大きな本棚が並んでいて、部屋の中央に机が六つ仲良く向き合っている。よくある事務室に見えた。
 そこにパソコンと向き合っている人、雑誌を読んでいる人、電話をしている人が個性豊かに座っていた。

「私は江須田えすたイルって言います。エスタって呼んでください。えっと、三浦君より十歳は年上だけど、背が小さいから若く見えるでしょ?」

 そう言ってエスタは少女のような屈託のない微笑みを見せ、くるりと体の向きを変えた。ミニスカートをなびかせて雑誌を読んでいる大柄な男性の顔をつかむ。ぐいっとその男の顔の向きを敦に向けた。坊主っぽい髪型、顔には傷もある。日本人離れした巨体に目つきが恐ろしく怖い。や、くざとか? そっち系の人かも。敦は絶対に関わりたくないタイプだと思いながらも笑顔でお辞儀をした。

「この人は鱈橋力也たらはしりきやさん。タラハシって呼んであげて」

「あー? 新人? よろしく」

 タラハシと呼ばれた男は無愛想に言うとすぐに雑誌に目を移した。やれやれといった感じにエスタはタラハシの顔から手を離す。

「で、この子は穴部鈴あなべすずさん。アナベルじゃなくて、アナちゃんって呼んであげて」

 タラハシの向かいでパソコンをいじっている真っ白な顔の金髪おさげの女を紹介した。
 目玉が飛び出そうなくらいデカい。その大きな目にじっと見つめられ、敦は思わず目をそらす。

「……よろしく」

 アナの高い奇妙な声が聞こえた。まるで脳内に直接ささやかれているように感じ、ぞわっとしてしまい耳を塞ぎたくなった。

「あ、この人は茶木怜ちゃきれいくんです。チャッキーって呼んであげてね」

 タラハシの横で電話をしている男が目で挨拶をした。カラフルなボーダー服にオーバーオールを着ている。髪型はボサボサだし、目の下のクマがひどい。敦より確実に年上に見えた。

「この四人で企画を立てたり、どんな場所でお化け屋敷をするか下見に行ってるの。それを社長に伝えてどんなコンセプトにしていくか皆で作り上げていくのね。まぁ、作りものとか下請けの業者にはいつもお世話になっているけど。三浦くんは研修期間三ヶ月ね、給与もでるので安心してください。お化け屋敷をプロデュースするって少し変わっているから、個性的な風体をしているけれど、中身は全然普通だから」

 エスタは腕を組み一人で頷いている。

「怖いの平気?」
 敦の下からのぞき込むようにエスタが見上げてきた。

「平気なほう、だと思います」
 本当は好きではない。でもそれを悟られないように敦は口角を上げた。

「ホラー映画とか観たりするか?」
 今度はタラハシが大声で聞いてきたので
「昔は観たりしましたが、今は観る時間もなくて……」
 敦は当たり障りのないように答え、ハハハと乾いた笑いが口から出た。

 急に静かになったと思ったら、四人が敦のことを無表情で見つめていた。
 上げていた口角がへなへなと下がってゆく。
 俺、ここで働いていけるのか? 不安な気持ちが敦の心に広がっていく。
 じーっと四人が敦を見つめているのが不気味で思わず逃げ出したくなった。
 エスタがうーんと言いながら伸びをした。他の三人も自分の机に向き直る。

「今年の夏も各地でお化け屋敷のオファーが来ていて、とにかく企画を立てるのに現地に行ったり大忙しなのよ。急で悪いんだけど、新人君にもお願いしたくて、ね」

「おう。実際経験してもらわねーとなぁ。採用試験だな」
 タラハシが大声で言うと、他のメンバーもうんうんと頷いた。

「そんな感じで、そうねぇ~。まずジェイミーのとこ行ってもらう?」
 エスタの声に
「いいっすね」
 電話を切ったチャッキーが声を上げた。
「じゃあ、アナちゃん一緒に行ってあげて」
 そう言われて金髪おさげ女がパソコンから目を離し敦を凝視する。

 さっきも思ったけれど、目がやたらにデカくて白い顔に唇だけ以上に赤い。若くはないと思うがなぜか三つ編みをしている。真っ赤なワンピースもイタい。うわ、キモ。人形みてぇ。ちょっとびびった気持ちを悟られたくなくて「よろしくお願いいたします」と敦は威勢よく挨拶をした。無表情だったおさげの女が急にニカーっと微笑む。

「免許持ってます?」
 そう言って人形のようにぎこちなく首をかしげた。


#創作大賞2024
#ホラー小説部門



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?