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Horror House カンパニー Final

 ボシュ! ボシュ! 

 もうダメだと絶望し目を閉じた直後、頭上で音がした。湿った何かが弾けるような、今まで聞いたことがない音だ。
 さらに続けて二度同じ音がした。

 敦が恐る恐る目を開けると、目の前に迫っていた人蟲たちの首から上がなくなっていた。何かに引きちぎられたような首からは、ドロドロとした粘液があふれている。

「よう、新人! 迎えに来たぜ」

 背後の声に振り向く。黒い粘液がついたバットをこちらに向け、タラハシがすぐ後ろに立っていた。

「……タラハシさん?」

「情けない声だな。そんなんでよく生き延びられたもんだ」

「だって、いろいろあったんですよ」

 タラハシの顔を見て、張り詰めていたものが解けていく。
 夕方目を覚ましてからの数時間で経験したことが、あまりにも濃かったし、ここの住人たちは誰も彼もが、狂気に犯されていたとしか思えなかった。
 やっとまともな人に会えたことで、心が正常に働きだしたのかもしれない。敦の手足が自然と震えてきた。

「おっと、まだ油断するなよ」

 タラハシがバットを振って、敦に襲いかかろうとしていた首なしの人蟲たちの上半身をはじき飛ばした。

「こういうタイプは、キッチリ二度打ちしないとな」

 そう言いながら、タラハシは残っている人蟲たちの下半身もバットで粉々にしていく。
 いやそれ、二度打ちじゃなくて、三度打ちか四度打ちですけど。

「とは言え、初めてにしちゃいい方か。何事も経験だからな」
 
 そう言って不敵な表情を浮かべるタラハシが、とても頼もしく見えた。

「新人君、生きてた! スゴっ! なかなかしぶといのね」

 タラハシの後ろから現れたエスタが、片方の口角だけを吊り上げて笑う。その隣には見たことのない綺麗な女性もいたが、二人ともすごく場違いの格好をしている。
 なぜか、白いワンピースを着て、頭には色とりどりの花で作られた王冠をのせている。

「今までの新人さん達は、現場仕事に行くと身も心もやられて、すぐ死んでましたからね」

 エスタの隣にいる綺麗な女性の声から、それがアナだとわかった。普通のメイクをして髪下ろすとなかなか可愛い。
 昨日は目を合わせることさえ怖くて、あまり見ていなかったが、こうしてじっくり見ると、アナはかなり敦のタイプの顔をしている。……マジでタイプかも。

「消火の準備はちゃんとしてあったっすね。消火器だけじゃなく、向こうの方にはポンプ車も用意されてたっす。とりあえず、盗撮用のカメラは回収終わりました」

 両手にたいまつを持ってやってきたチャッキーは、こんな状況なのに飄々とした態度のままだ。
 タラハシ、エスタ、アナ、チャッキー。四人には昨日会ったばかりなのに、なぜかもっと昔から知っているような気になってくる。

「ちょっとそれ貸して」

 エスタがチャッキーからたいまつを奪うと、暗がりからやってきていた人蟲に向けて突き出した。ジュッという音と共に、人蟲が灰になって崩れていく。
「お、バットで殴るより簡単だな」

「おもしろーい、もっと燃やしたいー!」

 エスタが嬉しそうに、次々と人蟲にたいまつを押しつけ、灰に変えていく。他の三人はその様子をリラックスした様子で眺めていた。しばらくして、敦の血に誘われて群がってきていた人蟲たちは、全滅した。

「はーすっきりした」

 満足顔でエスタが戻ってくる。

「エスタちゃんはあいかわらずいい動きしますね」

「ほんとっすよ」

「たいまつなら二度打ちも必要ないしな」

 人蟲がいなくなったからか、四人とも街中のカフェにいるかのように、自然体で会話をしている。
 燃える小屋が照らし出す範囲に、動くものは見当たらなかった。残りの人蟲は全てエスタがやっつけたし、黒装束たちの姿も見えない。おそらく、黒装束たちはみんなやられてしまったのだろう。夜の闇が隠していなければ、あちこちに悲惨な姿の死体が転がっているはずだ。
 現に、いまも敦たちのすぐ横には、無残な状態にされた婆さんが横たわっている。肩の出血は止まったが、敦の足からは今も血が流れているし、視界の中にある灯りといえば、盛大に燃え続ける小屋のみ。
 そもそも、人蟲なんていう常識外の存在が多数いたのに、笑顔で談笑できるのって、普通じゃない気がする。

「なん、なんですか、これ」

敦は疲れ切った声を出す。
 タラハシはしゃがんで敦の顔をのぞき込むと、ニヤッと笑った。

「仕事だろ。まぁ下調べってやつ? お化け屋敷作るための」

「毎回、こんな感じなんですか?」

「もっと楽っすよ。って言っても、人それぞれの感覚っすね。でも今回はなかなか派手っすねぇ。エクセレントって感じっす」

 たいまつを掲げたチャッキーが空いている方の手を差し出す。敦がその手を握ると、タラハシが敦の背中に手を添えて立たせた。

「痛っ!」

 崩れ落ちそうになる敦を、チャッキーとタラハシが支える。視界がぼやけてきたし、刺された肩も足も痛くて、二人がいなければ、立っていられそうにない。

「けっこう血出たんだね」

 エスタが敦の全身を眺め頷いている。

「下手したら、死んでますよ」
 というか、このままなら出血多量で死ぬかもしれない。

「そう、死んでもかまわないんだよ。新人君にも、履歴書を丁寧に書く意味わかったかな? 採用するのって、身寄りのない人を選んでるの。もし仕事の途中で死んでも、騒がれないようにね。体験したから分かると思うけど、結構危ない場所に行くし。まぁ、こっち側としては、もし仕事中に死んじゃったら、いわくつきの場所が、さらにパワーアップするからね! 一石二鳥なのよっ」

 そう言ってエスタはたいまつを「えいっ」と乱暴に投げ捨て、ウフフと笑った。その言動は恐ろしいのに、笑った顔は無邪気な少女そのものだ。

「それって、俺がここで死んでいたら、なかったことにされたってことですか?」

「勘のいい新人君は、嫌いじゃないよ」

 敦の問いかけに、エスタが片方の口角だけをつり上げた。

「私は、今日、新人君が死んでると思ったから、白装束にしてきたんですけど……」

 アナがちょっと寂しそうに言いながらスカートの裾を広げる。

「そっちだったんすか? 夏至だから、あの有名な夏至祭風の衣装だと思ってたっす」

 チャッキーが意外そうな顔をした。

 まともじゃない。まともじゃないよ、この人達!

 だって、今夜ここで何人も人が死んだんだよ。黒ボス男に、ホテルの女と婆さんも。他の黒装束たちだって。といっても、俺からしたら死んだ人たちみんな他人だから、どうでもいいけど。
 それでも、もっとこうなんか、あるでしょ! 俺は怖い思いしたし、リュックも重かったし、刺されて痛くて、今も痛くて、血も止まってないんだよ。
 寝落ちとはまた違う意識の飛びそうな感覚に絶えながら、敦は憤った。

 ……ん? あれ?

 よく考えたら、関係ない人が死んだだけじゃん。
 ニュースで誰かが死んだって聞くのと同じか。
 それならこの四人はまともじゃなくない、でいいのか?

「よっし、これくらいで引き上げるか。エスタはリュック持ってくれ」
 タラハシの指示でエスタが敦のリュックを担ぐ。

「そろそろ、町の消防車も来そうですからね。結構燃えてますし」
 アナが燃え続ける小屋を見る。小屋の周囲は空間が広くとられていて、延焼する心配はなさそうだ。

「今まで通り、ここも地域でどうにかするだろ」

「そうっすね」
 タラハシの言葉にチャッキーが頷く。

「新人、ホテルに忘れ物とかないよな?」

「はい、ないです」

「そりゃけっこう。できるだけ痕跡は少なくしたいからな」

「あのホテルは、いい感じの場所として、これからも残っていって欲しいですからね」

 アナがうっとりとした顔をするが、敦には、あのホテルがいい感じとはとても思えなかった。 

「あそこには、これまで犠牲にされてきた人たちの魂が今も囚われたままです。あの女が何やら儀式をしていましたから、その影響でしょうね。魂を縛り付けるための、古くから伝わる邪法の一つだと思います」

「えっと、一緒にいた婆さんから、ホテルの女は魂を沈めるために儀式をしていたって聞いたんだけど」

「効果はまるっきり逆ですね。こういった封鎖された地域にはよくあることですが、まぁ、気の毒な話です。まだまだ恐怖と邪悪の元になってくれそうなので、鎮魂の儀はしないでおきました。もしかしたら、ジェイミーさんにこの場所を教えたのって、その女かもしれませんね」

「さすがアナちゃん。短い時間でよく調べたね。うんうん、あのホテルはそのまま霊魂浮遊させとこ!」

 エスタとアナがハイタッチしてキャッキャしている。

「そうだ、人蟲が死ぬとき、生け贄が必要って言ってましたけど。なんか、欲が飛んで行くから、みたいなこと言ってて」

 敦の言葉を聞いて、皆が真顔になる。
 ヤバい。もう、この人達に欲が取り憑いてるのかもしれない。
 敦は身構えた。

「あははは」

 一番最初に笑い出したのはエスタで、その後タラハシもチャッキーもアナも笑い出した。

「あれ? 新人君は、蟲除けを食べてないの?」

「どうなんでしょうか。私が盗み聞きしたときは、食べさせるってあの女が言ってましたけど」

「たぶん、食べてます」

 エスタとアナに向かい、敦は自信なさげに答える。ホテルの朝ご飯がどれもこれも苦かったのは、たぶん蟲除けが混ぜられていたからだ。

「なら大丈夫。っていうか、そもそも欲が飛んでくるわけないじゃない。飛んでこなくたって、欲ならみーんな持ってるし。それに、生け贄ってね、このことを、つけ口しないようにするための見せつけなのよ。ここに住む人が裏切らないように。みんなで同じ重罪を背負うのよ。おまえも、同じ罪を犯してるって。ただそれだけ。人間の社会ではよくあるパターンよ。ありきたりな言葉になっちゃうけれど、人間が一番怖いわね」

 エスタはそう言って両手を広げてクルクルと回った。
「田舎だと未知な風習とかよくあるっすよね。まぁ今じゃ都会も魑魅魍魎ちみもうりょうで、怖いことだらけなんで、おかげで仕事のやりがいがあるっすよね」

 チャッキーがうんうんと頷く。
 敦はたいまつを持ったチャッキーに手を引かれ、タラハシに支えてもらいながら、神社の出口へ向かった。

「あの、みなさんは俺の他に誰か見ませんでしたか? 俺と同年代の男性なんですけど。実は、新聞記者の時郡じぐさんって方もこの祭りに巻き込まれていたんです。知り合いを探しているみたいで、まだどこかにいると思うんですけど」

 歩いていた皆の足が止まる。

時郡じぐだって」
「そうだって」

 顔を見合わせたアナとエスタが、こらえきれないといった様子で笑い出した。

「って言うか、あの人って、ホラーな出来事とか面白いことを一番前で見てたいんすよね。新人君、その人って多分、社長っす。メディアに顔出ししてないんで、謎な人物になってますけど……変装するの大好きなんっすよ。ハリウッドで特殊メイク学んできてるし、事実に嘘を少し取り入れて話すのが得意なんす。新人君と同年代とは、今回はかなり若い顔にしたんすね。ほんと、恐ろしいくらいの行動力と好奇心の塊っす。いや、社長の鏡ってやつ? っすね」

 え? 時郡じぐさんが、社長? それに若い顔って、あれが作り物の顔なの?

「新人君とアナちゃんが出かけた後、社長がアナちゃんからのメール見てニヤニヤしてたもん。今回の現場に来てたなんてね。サプラーイズ的な?」

 エスタがクスクス笑う。

「よかったな! きっとおまえのこと気に入ったと思うぞ。入社試験合格だな」

 タラハシが敦の肩を掴んで揺する。

「ってー!!」

 肩と足の痛みが増して、敦は悲鳴を上げた。

「おお新人、まだまだ元気あっていいな」

 いや、その感想おかしいから。痛いって、痛いからやめて!

「初めての現場仕事にしては頑張ったよ。こうしてしぶとく生き残ったし。新人君、ホラーハウスカンパニーへようこそ。歓迎するよ。それと、これからはアッシュって呼ぶね。その方が呼びやすいし! いいよねみんな」
 エスタがみんなに問いかける。
 なにそれ、アッシュって灰ってこと? いや、敦だから? ……ま、いっか。

「新人あらためアッシュか。いいな! よし、今日は飲むか」

 タラハシは昨日も飲んでたから「今日は」じゃなくて「今日も」だよね。

「アッシュさんの歓迎会ですね。帰りにどこかよって買い出ししましょう」

「了解っす」

 四人は敦の歓迎会をやるぞと盛り上がっているが、敦は重要なことを思い出した。

「あの、すいません。今何時ですか? 観たいアニメが今日から新シーズンやるんで、それまでには家に帰りたくて」

「アニメなら会社で観ればいいだろ」

「それって、もしかして黒魔女の孫ですか。私も楽しみにしてました」

「アナさんも?」

「はい、私、声優のマリオさんと知り合いなんですよ」

「マジですか!!」

敦のテンションが一気に跳ね上がった。興奮のあまり敦が身を乗り出すと、アナも見つめ返してきた。そのために敦の心拍数がさらに跳ね上がる。体内の血が減っていることもあるからか、心臓の鼓動が鳴り止まない。

「おい、ときめいてんじゃねえぞ。そのドキドキ感は吊り橋効果だから。とにかく、アッシュは祭りのレポート出さないと帰れないからな」

 タラハシが敦の耳元で大きな声を出した。

「この場所でお化け屋敷は出来なそうっすけど、人を蟲みたいにして驚かすのは取り入れたいっすね」

「そういえば今日の分の残業手当とか、出張手当ってでるんですか? 怪我もしたし、労災保険もおりますよね?」

「もちろん出るから安心して。生きていれば、会社の福利厚生はいろいろと手厚いから。今年の社員旅行って恐山だったっけ? きさらぎ駅探しだっけ? とにかく会社へ帰ってからね。そういえば、傷ってたいしたことないよね?」

「めちゃくちゃ痛くて、重傷です」

「それだけしゃべれれば、大丈夫だろ」

「夏本番の八月には針田山はりたさんってお寺で、お化け屋敷開催するの。だから早く体治してね。戦力にならないと困る。そうそう、今回のお化け屋敷のテーマは、古いお札を破いたせいで呪いがかかり、何を食べても針が出てくるっていう……」

「やめてくださいよ、怖いです。……怖いの苦手です」

 敦の言葉に、エスタが心底嬉しそうな笑みを浮かべた。

「そっかそっか、アッシュは怖いの苦手なんだ」

「そうなんですか。それなら、ちょうどいいです。今日新しくジェイミーちゃんから仕入れた情報で、H市の下池公園で夜中の二時になると……」

「ちょっと、なんでアナさんはノリノリで怖い話しはじめるんですか。とにかく、しばらく現場仕事は行きたくないです。っていうか、怪我で行けません。ホントにマジで無理です」

 敦の心からの叫びに四人がにっこりと微笑んだ。
 冗談じゃないんだけど。
 それにしても、今までの仕事より刺激があった。ありすぎだよ。
 ……だけど、つまらなくはなかったか。
 いざとなれば、仕事はいつでも辞められるんだ。今は、ゆっくりアニメが観たい。それに……同じアニメ好きとして、アナさんともっと仲良くなれるかもしれないし。吊り橋効果がなんだってんだ。

 敦は歩きながらアナの横顔を盗み見た。
 いつもがこういう普通のメイクならいいのに。
 アナが敦の視線に気がつき、首をかしげてニターッと笑う。
 つられて敦も笑った。

 生ぬるい風が頬に触れる。
 汗や血でベタベタになった服も、そこら中痛い体も気にならないくらい、敦の心は満たされていた。
 まるで、お祭りを楽しんだ後の子供のような気分だった。
 

 五人が立ち去る姿を、赤い瞳が神社の陰からじっと見つめている。
 しばらくして、薄汚れたワンピースをひるがえす。笑いながら神社の背後に広がる森に向かって走り出した少女の姿が、夜の闇に溶けていった。

                            

                              了



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