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実話怪談 #45 「視界の端」

 これは二十代半ばの女性、島崎さんのだんである。

 二時間ほど残業をした日のことだという。
 職場の最寄り駅は地下鉄のS駅であり、そこから電車に乗りこんだ島崎さんは、座席についてぼんやりしていた。すると、視界の右端にすうっと入ってくる人影があった。
 少し離れたところに乗降ドアがあり、そのすぐそばに誰かが立ったのだ。
 視界の右端だと目の焦点が合っていないものの、髪の長い女性ということだけはわかった。

 島崎さんはなんとはなしにその女性に目を向けた。ところが、女性はまだ視界の右端に立っていた。女性に目を向けたのだから、彼女は正面に見えるはずだ。にもかかわらず、視界の右端に立っている。
(気づかないうちに移動した?)
 島崎さんは不思議に思いながらも、もう一度その女性に目を向けた。すると、またも女性は視界の右端に立っていた。
 何度も目を向けても結果は同じだった。女性は必ず視界の右端にずれてしまうのだ。どうしても正面から見ることができなかった。

 それからというもの、地下鉄に乗ると、いつでもその女性が現れるようになった。視界の右端にすうっと入ってきて、地下鉄をおりるまでそこに立ち続けている。
 得体の知れない女性が視界の右端に立つなんて、不思議を通り越して気味の悪いことだった。しかし、島崎さんはそれを誰にも相談できなかった。家族や友人に女性の話をしても、きっと信じてもらえないだろう。つまらない嘘や冗談だと思われて笑われるか、幻覚や妄想が起きているのだと心配されるかだ。
 そのような危惧から誰にも相談できず、気味が悪くても耐えるほかなかった。

 女性が視界の右端に立つようになって、おおよそ三週間が過ぎた頃だった。いつものように地下鉄に乗った島崎さんは、あることに気がついた。視界の右端にいるその女性が、以前より右寄りに立っている。
 気のせいかとも思ったが、間違いなく少し右にずれていた。
 なぜかそれから女性の立つ位置が、日を追うごとに右に右にずれていった。ほんの少しずつではあるものの、確実に立つ位置が右にずれている。
 そうやって右にずれ続けていった女性は、とうとう視界の外に出てしまった。
 当然ながら視界の外に出てしまえばもう見えなくなり、以降に島崎さんはその女性を一度も目にしていない。
 だが――。

 島崎さんは今でもその女性の気配を感じることがあるそうだ。
 視界の外に立っているような、そんな気がするのだという。

     (了)


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