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実話怪談 #04 「引き寄せる」

 これは三十代後半の女性、岡崎さんのだんである。

 岡崎さんが小学生のときに体験したことだという。
 現在はもう亡くなってしまっているが、当時は父方の祖母が同居していた。その祖母は毎日必ず散歩に出かける人だった。
「足腰が弱ってしもうたら困るさかいねえ」
 散歩の時間は季節によって違い、夏季はもっぽら夕方で、冬季は昼間のことが多かった。

 その日の祖母は夕方に散歩に出かけ、岡崎さんは祖母の散歩についていった。典型的なおばあちゃん子だった岡崎さんは、散歩についていくことがよくあった。
 散歩のコースは決まっていた。家から徒歩十分ほどの河までいき、河川敷に設けられた遊歩道をしばらく歩く。家を出てから帰るまで、およそ四十分ほどの散歩だった。

 いつものように河に向かって住宅街を歩いていると、岡崎さんたちはある家の前を通りかかった。
 家は豪邸ともいえる立派な二階建てで、真っ白な外壁に洗練された印象があった。青い芝を敷いた庭がずいぶん広く、ベランダで揺れている洗濯物ですら、どこか優雅に感じられる家だった。
 確か四人家族が住んでいる家だ。四十代後半と思われる夫婦に、高校生の娘と中学生の息子。
 そういう家族構成のはずだった。

 祖母は家の前で足を止めると、足もとに目をやって呟いた。
「虫がたくさん死んどる……」
 岡崎さんも足もとを見やると、溝の周囲に虫の死骸がたくさん転がっていた。小さなやダンゴムシ、それからありの死骸なんかもあった。
「せっかくのええ家やのに、掃除をなまけたらいかんわ。特に虫の死骸を放っておくのはうない。小さな虫であったとしても、死は死を引き寄せるさかいな」
 祖母は小声でぼそぼそと言ったあと、また歩を進ませはじめた。岡崎さんは祖母についていきながら、後ろを振り向き振り向き家を見た。
 ―― 死は死を引き寄せる。
 祖母の言葉のせいか、家が禍々しいものに感じられた。

 一ヶ月ほどが過ぎた。
 その日も岡崎さんは祖母の散歩についていった。

 河に向かって住宅街を歩いていると、祖母が前を見つつ低い声で呟いた。
「ほら、言わんこっちゃない……」
 祖母が見ていたのはあの家だった。虫の死骸がたくさん転がっていた家だ。
 家の前には黒白の縦じま、くじらまくが張られていた。小学生の岡崎さんにも、葬儀が行われているのだと理解できた。

 自宅葬はなかなか珍しいが、広くて立派な家だからこそ、それが叶ったのだろう。また、後日に知ったことなのだが、葬儀は高校生の娘のものだった。十代という若さでありながら、急性白血病によって亡くなったそうだ。

 家の前を通るとき、祖母が神妙な表情で呟いた。
「虫の死骸を放っておいたさかい、死を引き寄せてもうたんや」

 岡崎さんは鯨幕の下にある溝に目をやった。葬儀が行われているからか、ある程度は綺麗になっているものの、ちらほら虫の死骸が認められた。
「虫の死骸が多すぎるな。気の毒やが、ひとりでは済まんやろ……」
 はたして祖母のその言葉は現実のものとなった。

 それから二ヶ月ほどが経った頃、またその家において葬儀が行われた。今度は父親の葬儀だった。飲酒運転の車に轢かれて亡くなったのだという。

     *

 現在の岡崎さんは三階建ての戸建住宅に住んでいる。旦那さんとお子さんとの三人暮らしだ。忙しくて家事がおろそかになることもあるが、家の前の掃除だけは決してなまけないのだという。

 特に虫の死骸はすぐに処分するよう心がけている。

     (了)


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