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大学スポーツがファンを増やすために考えるべきこと

1.はじめに

先日書いた記事、目標が「日本一」「一部昇格」"だけ"ではダメな理由

と同様にスポーツデザイン研究会でのオンライン飲み会の際にとある競技の体育会部活所属の大学生との話に関連したテーマでもう1つ書きたいと思います。

今回は「大学スポーツがファンを増やすため考えるべきこと」です。

2.そもそも大学スポーツはファンを増やす必要があるのか?

ファンを増やすためにすべきことの前に、そもそも大学スポーツはファンを増やす必要があるのかどうか考えてみます。

これは「誰にとっての大学スポーツ」かによって変わってくるのではないかと思います。

①学生アスリートや部にとって
まずアスリート自身や部が「大学スポーツで何を目指すのか」によって考える必要があります。
目標が「日本一」「一部昇格」"だけ"ではダメな理由」で書いた「レゾンデートル」です。

そのレゾンデートルにとって、「大学スポーツのファンを増やす」ことが重要になってくるのであれば、ファンを増やすことを目指すのが良いと思います。
しかし逆に言えば学生アスリートや部において「大学スポーツのファンを増やす」ことがレゾンデートル上、重要でないのであれば無理にファンを増やす必要はないのではないかと思います。その労力をもっと重要なことに優先して割いた方が、活動が充実するのでないでしょうか。

1つ注意点として、大学にとっての部の位置付けによって、学生アスリートや部の意向だけでは決められない場合もあります。
大学によっては「強化指定部」のように公式に大学が支援している部活があり、その場合は「大学が部に何を期待するか」にもよってくるので、大学との対話の中で「ファンを増やす」ことをどの程度重要な位置付けにするかが決まってきます。

②学連にとって
学連にとって、ファンを増やすことは良いことが多いです。事業規模も増やすことができますし、競技人口の拡大およびそれに伴う登録費の増加、など発展が望めます。
しかし、1つの問題は学連にとってのお客さんは各加盟大学・部です。登録費が最も大きな資金源のはずなので。「ファンを増やす」上で各大学・部の意向は重要となってくるのですが、現状、ファンを増やすことに対する資源(人員、お金、時間)を割くことに賛成する大学・部は少なく、中々ファンを増やすことに対してアクションをしにくい状況なのではないでしょうか。
もちろん特定の競技や地域の学連によってはファンを増やすことに熱心な連盟もあると思います。
加盟大学の意向に左右されてしまうので、ファンを増やすことにネガティブな大学が多い学連では、ファンを増やしたい大学が学連に頼らず個別の取組を頑張った方が労力的に消耗しないのではないか、と思います。

③大学にとって
大学にとってファンが増えることは良いことしかありません。
大学のブランド力向上や愛校心の醸成など、多くのメリットが見込まれます。

しかし、スポーツを活用した大学の経営力、すなわち「スポーツデザイン力」の有無によって、大学スポーツへ力をどのくらい入れるかが変わってくると思います。

アメリカの大学スポーツが凄いのはビジネス化が本質ではなく、「スポーツを活用して大学経営を行っているから」です。
多くの大学が赤字で大学スポーツに投資しています。
それは赤字に見合うだけのリターンを得られるように大学スポーツをデザインし、実行しているからです。

詳しくはアメリカの大学スポーツの視察を行った際にまとめた以下のnoteをご参照ください。

日本の大学においてはこれまで大学スポーツの扱いを「学生の自主的な課外活動」としていました。そのため、大学の経営の成果とはみなされず、大学経営層が投資するインセンティブも小さく、大学スポーツを活用した大学経営力も発展して来ませんでした。一部の大学では「強化指定部」として大学の経営に活用しているところもありますが、そのような大学でもアメリカのように経営と密接に結びつけられている大学は非常に少ないのではないかと思います。

一方でアメリカは大学スポーツを「大学における正規の教育プログラム」に位置付けており、大学を発展させるため、そして公立大学の場合はさらに地域を発展させるために大学スポーツを最大限に活用しています。

地域や在学生、教職員、OBOGを大学スポーツによって繋ぎ、
・大学のブランド力向上
・繋がりを活かした寄附金やスポンサーの獲得
を行っています。

また、正規の教育プログラムのため、正課教育と合わせてしっかりと卒業後のキャリアを進めるように勉学との両立に取り組んでいます。そこには学費からの予算も充分に充当されています。学生アスリートはDivision Ⅱでは学費の一部、Division Ⅲでは学費の全額を修めているため、まさに大学スポーツが「高い学費(日本の3倍~6倍)を払って得る教育の一貫」という位置付けになっています。

アメリカの大学におけるこのスポーツデザイン力はNCAAの長い年月を経て培われたものであり、非常に高度なシステムになっています。だからこそ、それなりの金額を大学がスポーツに投資することができるようになっています。

日本において、大学が大学スポーツのファンを増やすべきかを考える前に、アメリカのようなスポーツデザイン力を大学の経営層が保有する、ということが重要になってくると思います。

3.大学スポーツの最重要顧客は?

以上、ファンを増やす必要性についてまとめました。以下、上記の整理の結果ファンを増やす必要性がある場合で書きます。

ファンを増やすには投資(ヒトモノカネ情報時間)が必要です。
ファンが少ない現状では、そのファンを増やすために費やす投資回収を、ファンを増やすことによる直接のマネタイズで図る(=収益を上げる)のは難しいです。

もちろん、学生の自主的な努力を重ねてマンパワー頼みでファン獲得の取組を行っていく方法はあります。その結果、取組が成功しファンを増やしていけることはあるでしょう。

しかし、どうしても個々の学生のモチベーションやスキルに左右されてしまい、単発で終わってしまうことがほとんどではないでしょうか?

となると、直接マネタイズでもなく、学生のマンパワー頼みでもない方法を考える必要があります。

私の意見としては、ファンが増えることで収益以外のメリットを受ける主体が投資をするような枠組みで取り組む、ということが必要だと思います。

すなわちスポーツデザイン的視点で言い換えると、大学スポーツがファンを獲得することにより、投資した主体がメリットを受けるように大学スポーツをデザインする、ということです。

前項で書いたように、大学スポーツがファンを増やすことで最もメリットを得るのは大学です。ただし、スポーツデザイン力を持った大学経営を行う=リターンをデザインして投資する、という前提です。

このことは「大学スポーツ」を1つの事業体としてとらえたときに、
大学スポーツの最重要顧客は「大学」である
ということができます。

よって、繰り返しになりますが、「大学」がメリットを受けるように大学スポーツをデザインし、「大学」が大学スポーツのファンを増やすことに投資をする、という枠組みを構築するようにすることが重要です。

このことは前項で書いたように、大学スポーツの主体を「大学」として捉えたときは当たり前のことになりますが、大学スポーツの主体を「学生」「部」「学連」として捉えると、案外欠けてしまう視点ではないでしょうか?

「学生」「部」「学連」を主体として大学スポーツの発展を目指す場合には、所属大学や加盟大学にメリットがあるように大学スポーツをデザインし、大学から投資を呼び込む、ということが非常に重要になるといえます。

この、「大学のメリットのための大学スポーツ」という枠組みは前述したようにアメリカの大学スポーツの枠組みと同じです。

4.大学にメリットのある大学スポーツとは?

それでは、大学にメリットのある大学スポーツにするにはどのようなデザインが必要でしょうか?

まず、わかりやすいのは「デメリットを無くす」ということです。

大学にとってのデメリットがある大学スポーツの例です。

・不祥事による大学ブランド力の棄損
・成績不良による正課教育運営への障害
・品行不良による一般学生・教職員からの低評価
・重篤な怪我の発生による社会からの批判

まずはこれを無くした大学スポーツでないと、大学からの投資は当然受けることができません。

次に大学にとってのメリットを創造する、という部分ですが大学毎にメリットのある在り方・枠組みが異なり、一般化するのは難しい部分があります。しかし、考える方向性として、以下のように考ればよいのではないかと思います。

①スポーツの武器である「人を繋ぐ」という所を最大限に活用するため、一般学生・教職員・保護者・OBOG・地域から応援したいと思われる学生アスリートとしての振る舞い、活動をする。その上で構築した繋がりを活かして下記の②~④へ貢献できる部分を考える。

②大学の「建学の精神」「教育理念」「教育の特色」を大学スポーツで体現し、地域や社会に大学スポーツを通して、大学の「建学の精神」「教育理念」「教育の特色」を伝えるにはどうしたら良いか、を考える。

③大学の「将来計画」や「中期事業計画」で大学が目指している姿を理解し、大学スポーツによってその目標達成を推進することができる部分はないか探し、大学スポーツによって目標に貢献する。

④大学の経営層(理事会メンバーがベスト)とコミュニケーションを取り、大学の抱える課題や大学スポーツに期待することをヒアリングし、課題解決等を提案する。

⑤①~④の取組を一般学生、教職員、OBOG、地域から認識してもらうように情報発信を積極的に行う。

①の応援したいと思われる学生アスリートの一例として、授業運営に積極的に貢献する、学内での挨拶をしっかりする、地域でのボランティア活動を行う、地域でのスポーツ教室を開催するなどがあります。各大学の事情に合わせて考えてみることが良いと思います。

また、「建学の精神」「教育理念」「教育の特色」「将来計画」「中期事業計画」については、ほとんどの大学でHPに公開されているので確認してみて下さい。

例えば「学内の交流を増やす」「地域との関わりを増やす」「学内全体の愛校心を高める」というのは多くの大学で求められるので、①~⑤によって活動の狙いの一部に含まれてくるのではないかと思います。

「学生」「部」「学連」が主体の場合は、これら①~⑤の枠組みをデザインした上で、活動に必要な資源(ヒトモノカネ情報時間)を大学から提供してもらうことを提案する、ということをしてくことが最も良いのではないかと思います。投資家にプレゼンする起業家のイメージで夢を語りましょう。

単一の部からのプレゼンでは弱いので、複数の部で連合を組み(体育会全体として動けるのがベスト)集団として提案できるようにしましょう。

もちろん、いろいろな失敗もあるかと思いますが、大学スポーツのファンを増やすために投資を呼び込む取組み自体が、大学スポーツによる教育効果を高め、自分自身を成長させることになるので、粘り強く頑張りましょう。

5.メインターゲットとするべきファン層は?

前項ではファンを増やす活動をするために必要な資源(ヒトモノカネ情報時間)を獲得するための考え方を書きました。

次に、実際にファンを増やすためのマーケティングにおいて、メインターゲットをどこに設定するべきかを書きます。

前項で、大学からの投資を呼び込みを行うために「一般学生・教職員・保護者・OBOG・地域から応援したいと思われる学生アスリートになる」ということを書きましたが、結論としてはまさにこの一般学生・教職員・保護者・OBOG・地域をファンのメインターゲットにするべきだと思います。

その背景を考える上で、プロスポーツと学生スポーツのファンの応援動機の違いを意識する必要があります。

プロスポーツのファンは「エンターテインメント」を求めます。「超人的なパフォーマンス」、「試合の演出」、「ボールパーク」等が良くキーワードとして出てきます。

もちろん、プロスポーツには「地域を応援する」という応援動機もあるのですが、学生スポーツとの比較では「エンターテインメント」に重きが置かれると考えられます。

一方で学生スポーツは特に高校野球で多いと思うのですが、「自分たちの代表」だったり、「かつての自分」という視点での応援動機が多いのではないでしょうか?

在学生にとって出場している選手は「同じ学校の仲間」であり、OBOGや地域の人たちにとっては「かつて自分も過ごしたこの地の学校で育った後輩」であり、保護者や教職員にとっては「育てた子供」です。

このように学生スポーツは「自分たちと同じアイデンティティを持った集団」として応援される動機が強くなります。

これはビジネス化が進んでいるアメリカの大学スポーツでも基本は同じといえます。満員のスタジアムに来るのは、在学生、教職員、OBOG、地域の人などがメインです。

では日本の大学スポーツではなぜ、それが弱いのでしょうか?

様々な要因が考えられますが、日本における高校と大学において、学生アスリートと一般学生の間の交流の量が大きく変わる、ということは考えられます。

大学においては一般学生と学生アスリートが交流する機会が少ないため、

・「体育会の学生はスポーツばっかりやっている自分と違う人たち」として一般学生から認識されてしまい、「同じ学校の仲間」として思われない。
・「授業中寝てばかりいてスポーツばかりやっている奴ら」として教職員から認識されてしまい、「育てた子供」として思われない。

ということが起こります。もちろん、しっかりと勉強する学生アスリートもいますが「集団としてどうみなされているか」という点で書いています。

これは個人的な予想ですが、アメリカの場合は、成績基準が定められており、学生アスリートはしっかりと勉強することが前提のため、一般学生から「自分たちと同じことを頑張っている」と認識されやすいのではないかと思います。教職員からの認識も同様です。

日本の高校ではクラスでの共同生活の存在が非常に大きいため、日本の大学で起こっているような分裂が起こらない、と考えられます。

この日本の大学における一般学生や教職員からの認識が積み重なっていくことにより、OBOGや地域からの認識も、「自分たちと同じアイデンティティを持った集団」と見なされない、という状況を生み出していると考えられます。

よって、何が起きているかというと、これまでの日本の大学スポーツの在り方は「本来最も応援してもらえるはずのターゲットから応援してもらえない行動を取っていた」といえます。

ですので、前述のように「一般学生・教職員・保護者・OBOG・地域から応援したいと思われる学生アスリートとしての振る舞い、活動をする」がファンを増やしていく上でのスタートラインといえます。

ここまでをまとめますと、

①一般学生・教職員・保護者・OBOG・地域は最も応援してもらえるメインターゲットであり、その層が大学スポーツのファンとして増加すると大学経営上も大きなメリットがあるので大学が投資する理由になる。

②しっかりと意識した振る舞い、活動を行わないと一般学生・教職員・保護者・OBOG・地域からは応援してもらえない

ということになります。

6.地域活性化との連携

以上、「学生」「部」「学連」が主体の場合は「メインターゲットから応援されるために必要なこと」、「大学」が主体の場合は「メインターゲットから応援されるためにどのような大学スポーツ、学生アスリートを育成するべきか」を書きました。

ここからは主体が「大学」でないと難しい話になりますが、さらなる大学スポーツへの投資を呼び込む視点になります。

アメリカと日本の大学スポーツの環境の違いを考える上で、日本の国立大学制度が影響している部分があります。

日本の各県にある最も大きい大学は国立大学であることがほとんどです。
一方でアメリカの場合は州立大学です。

近年は日本の国立大学でも地域のための取組を重視するようになってきましたが、これまでの国立大学は所在する都道府県や市町村の取組とは分断されて運営されていました。ですので、日本の大学経営におけるスポーツデザイン力の不足もあり、あまり国立大学がスポーツに対して力を入れる理由がなく、地域が応援すべき大学スポーツがありませんでした。

また、私立大学もやり取りをするのは文部科学省であることが多く、都道府県や市町村といった自治体との連携も不足していました。

そして、その中でも「正規の教育プログラム」ではなく、「学生の自主的な課外活動」と位置付けられてきた大学スポーツ分野での連携はさらに難しい状況でした。

アメリカの場合は州立なので、州の取組とリンクし、スポーツによる地域活性化に対して大学スポーツをフル活用することができます。そしてアメリカでは大学スポーツが「正規の教育プログラム」として構築されているため、州立大学はスポーツに力を入れる正当な理由があるのです。

現在、日本も地域活性化と大学スポーツをリンクさせていこうという流れになっています。

地方創生の文脈でどの都道府県、市町村も「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定しています。

地方自治体はこの戦略に沿って地域活性化を計画していくのですが、前述のように大学と地方自治体が分断されているため、うまく大学の資源をこの戦略に取り組めていませんでした。

現在のスポーツ庁の方向性は、大学スポーツの活性化と各自治体の「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を結び付け連携する事例を増やしていく方向で進められています。

これは以下のように考えることができます。

「大学」が大学スポーツを地域活性化に資するようにデザインすれば自治体(あるいは国から)から投資を呼び込むことができる。

この日本の動きは大学からのアプローチを前提とした動きではありますが、結果としてアメリカで行われている形を目指しています。

州は地域活性化のメリットを得るために、
大学は一般学生・教職員・保護者・OBOG・地域との繋がりの強化やブランド力向上のメリットを得るために、
それぞれ大学スポーツに投資しています。

このように地域の政策と連携し、「大学にとってのメリット」をさらに発展させ「地域のメリット」まで昇華することができれば大学スポーツへの投資がさらに拡大できると考えられます。

7.さいごに

長々と「大学スポーツがファンを増やすために考えるべきこと」という軸で書きましたが、大学スポーツを考えていく上での論点は、
・学生アスリートのキャリア形成支援
・地元企業との関係性
・ネット、SNSの活用
・指導者の質の担保
・放映権
など他にもいろいろとあります。

しかし、いずれも今回の内容をベースにしていくことが大事なのではないかと思っています。

現在、私は今回記載した内容をベースに本業における大学スポーツの在り方をデザインし、大学スポーツの発展を推進しています。

今後実績と知見が積み重なってきたらまた報告したいと思います。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

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