『ゴールデンカムイ』からチェーホフ『サハリン島』へ
PASSAGEの書棚で「樺太/サハリン」特集を組んでいます。
昨年完結した『ゴールデンカムイ』連載を追いかけながら、いつかロシア”極東の玄関口”ウラジオストク、あるいは”樺太”サハリンを訪れてみたいと思っていました。
しかし、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、それも叶わぬ事となりました。サハリンはビザこそ必要なものの、稚内からコルサコフまで定期連絡船で4時間半、往復36,000円で行けたのです。現在、稚内・コルサコフ定期航路の運行再開は絶望的とのこと。こんな情勢になるとは思ってもいませんでした。行きたい所には行ける時に行くべし、との思いを強くします。
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3月1日刊行の人形作品集『薔薇色の脚』に寄せて、ロシアの作家ゴーリキーをピックアップしたのをきっかけに、ロシア文学者の作品を少しずつ読み進めています。先日手にしたチェーホフの『サハリン島』、非常に興味深く読みました。
『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』の中で作者の梯久美子さんが『サハリン島』を指して「長大にして詳細、まるで調査報告のような文章が、読んでも読んでも終わらず閉口した。そのときは読了せずに挫折、最後まで読み通したのは、自分がサハリンを訪れたあとのことだ」と述べています。
確かに、流刑地としてのサハリン島の実態を書き留めた膨大で綿密な調査記録。
しかし肺病を押して、人気作家としての地位も顧みず、この島にこの時に上陸せざるを得なかったチェーホフの、作家としての焦燥感や背景を思いながら読み進めるのは非常に豊かな読書体験でした。
サハリン島の調査記録ではありながら、チェーホフの筆致は、囚人達の何とも言い難い劣悪で悲しく恐ろしい実態を淡々と、時に文学的に語り伝えます。特に(時代背景的には仕方が無い事ですが)女性の囚人、囚人についてきた妻子、アイヌの女達の扱いが目を背けんばかりに酷く、その冷酷な実態も冷静に記録として書き留められています。
時折、『ゴールデンカムイ』に登場した”黄金の腕”ソフィアのモデルが出てきたり、アシリパの父ウィルクのモデルとなったであろうピウスツキのようなポーランド人の流刑の実態の答え合わせができるなど、何かしらの興味の引っ掛かりもあって面白く読めました。
(余談ですが、ロシア文学繋がりでの挫折という面で、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』をあげます。子供の頃から何度か読み返していて、いつもイワンから弟アリョーシャに語り聞かせる「大審問官」の章が苦痛で仕方無く。しかし、皇帝暗殺や父親殺し、宗教問題などの共通項によって、「ドストエフスキーの死により書かれなかった『カラマーゾフの兄弟』の続編」と(一部で)称された『ゴールデンカムイ』を読み終えて、キャラクターへの理解という視点から読み直し、あんなに苦痛だった「大審問官」のくだりがむしろ面白く、もっと語って…!の境地に至りました。むしろドストエフスキーも、語り伝えたい事以上に「うちのスメルジャコフ見て見て」「イワン可愛いでしょう!」みたいな気持ちで書いてたのかな、と錯覚すらしますが、また視点を変えて読み直してみたいと思います。)
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『北ホテル48号室 チェーホフと女性たち』では、チェーホフがサハリン島に興味を持ったきっかけとなる女優クレオパトラ・カラトゥイギナについて掘り下げられています。劇団女優ですが、仕事の斡旋や金銭的援助をチェーホフにおねだりしたりと書簡を読み進めるにつれて「ロシアのおばちゃん…!」という印象が強く、チェーホフ研究的にはあまり重要視されていないのもわかりますが、周囲からは唐突に見えたチェーホフのサハリン行きがここから始まったのだな、という貴重な資料となっています。また、医師であり文学者であるチェーホフが優秀で魅力的な人物であった事が、クレオパトラ他、関わりのあった女性達を通して描かれています。
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