【お弁当、始めました。】
きっかけは、ある利用者さんのアンケートだった。
うちのデイサービスでは年に1回、利用者さんやそのご家族に対してアンケートを行っている。スタッフの対応やリハビリ内容または食事に関してなどなど、デイサービスのいろいろな項目について評価や意見をいただいている。
アンケートは基本的に5段階で評価をしてもらっているが、自由に意見が書けるフリースペースを設けている。
そこに1人の利用者さんからこんな意見をもらった。
「夕ご飯に食べられるお弁当を作ってほしい」
詳しく聞くとその利用者さんは男性の方でどうやら奥さんが施設入所されて今はお一人で暮らしているとのことだった。
これまで食事はずっと奥さんが作っていたため自分でご飯を作る事はできないようで、1人で買い物に行くこともなかなか難しく夕ご飯は宅食だったりカップ麺などを食べられているみたいだった。
実は以前からお弁当の要望はあった。
独居の人にとって夕飯を用意することが難しい場合もあり、デイサービスを利用したついでに弁当をもらえるのはとても助かると言われる方もいた。
ただ、『お弁当の販売』と聞くと衛生面や営業許可などの問題からかなりハードルが高いのではと思っていた。
また、現在は宅食業者もたくさんあるし、市などに申請すればとても安く利用できるケースもある。
弁当作りのノウハウが全くないうちの会社がわざわざ手を出すこともない、なんて思って特に調べたりもせず『お弁当の販売』に関して動く事はしなかった。
しかし、先日お弁当を希望された利用者さんと話する機会があった。
僕はたまにデイサービスの送迎の運転手をすることがある。先日たまたまその利用者さんを送っていくことになり、そこでお弁当の話になった。
「宅配のお弁当って何だか味気なくてね。毎日だと気が滅入っちゃうんだよなぁ。ほら、ここのデイサービスの昼ご飯って美味しいじゃないですか。だから夕飯も作ってもらえたら嬉しいんだけどね」
無理だったら大丈夫だよ、そう言って利用者さんは笑っていた。
面と向かって直接そんな話を聞くと、やっぱり何もしないわけにはいかないなと思った。
たとえ、結果的にできなかったとしても一度ちゃんと調べてみようと思った。
うちのデイサービスは入居施設に隣接しており、デイサービスの昼食は入居施設の厨房で作っている。
仮にお弁当の販売をするのなら、入居施設で営業許可を取る必要があった。
まずは保健所に相談することにした。
弁当販売のための営業許可を取得するには以下の手順が必要とのことだった。
営業許可を取得できても実際にお弁当を販売するためには他にもいろいろと準備は必要だが(食品衛生責任者の設置や食品表示のラベルが必要など)、営業許可に関しては保健所からの話を聞く限りではそれほどハードルは高くないように感じた。
とにかく営業許可を申請してみようと思った。
申請する前にスタッフたちに相談をした。
ほとんどスタッフが賛成してくれる中、異を唱える人もいた。
「個人の希望を叶えてたらキリがないんじゃないですか」
最もな意見だった。
利用者個人個人の願いや希望を全て叶えていたらキリがない。そしてそれは無理な話だ。
でもそれが叶えられる希望であればやっぱり僕は叶えたいと思う。それに夕飯の弁当の販売ができるデイサービスなんて他と差別を図れて新規利用者の獲得に貢献できそうだった。
なにより。
お弁当の販売なんてめちゃくちゃ面白そうだと思った。
反対するスタッフには営業活動の一環だと説明をし納得してもらった。
すぐに必要な申請書類を準備して保健所に提出した。
しばらくして保健所が調査のために施設を訪れた。
一通り厨房内を確認していった。いくつか細かい修正点はあったが、大きな問題はなかった。
数日後、無事営業許可が下りた。
営業許可を取得して諸々の準備を進めて、そしてついにお弁当の販売を開始することができた。
お弁当の名前を『友あい弁当』と名付けた。
決して豪華ではないし味も格別に美味しいわけじゃないけど、せめて親しみを持ってくれたら、そんな風に思って『友あい弁当』と名付けた。
友あい弁当は少しずつだが頼んでくれる人が増えていった。スタッフにも注文してくれる人もいた。
弁当を始めるきっかけをくれた利用者さんはデイサービスを利用する日には絶対に注文してくれた。
「味は素朴だけど、飽きなくて僕は好きだよ」
褒められているのかよく分からなかったが「ありがとう」と言っておいた。いまはまだ数は少ないけど、たくさんの方が利用してくれると良いなと思っている。
これまで施設長、管理者、運転手などいろんな肩書が多かった僕だが、この度新しく『お弁当屋さん』という肩書を得た。
お弁当、始めました。
夕飯にお一ついかがですか。
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