貧乏人の私が結婚して知ったお金のコト

 俺、前の会社から未払い残業100万以上請求して払ってもらったことあるんよ。

 今思えばこの言葉が結婚したきっかけかもしれない。
 自分には無い知識を持ち行動する彼に惹かれたのだろう。

 彼から貧乏人とお金持ちの考え方やお金の使い方を教わった。

 お金は消費ではなく資産に使え。
 そう言われてもすぐには理解できなかった。

 まずは私のマネーリテラシーが垣間見える昔話から話していこうと思う。

「1年間、お世話になりました」
 2016年4月。栄養士だった私は結婚を理由に入社一年で退社に成功した。
 人手不足の業種で穏便に退社するのはなかなかに難しかった。

「車も持っていきたいんやけどどうしたらいいんかな?」

 実家で母に相談する。

「うーん、高速が1番安いけど。私も着いていこうか?」
「へぇ!なら荷物も車に積んで行ったら安く済むやん!」

 こうして愛車のNワンで母と2人で彼の住む町まで800キロの旅が決まった。

 Nワンは栄養士になる際に新古車で購入した。
 支払いは新社会人限定5月支払いスタートのプランで、内定をもらっていた為に安心してこの車に決めた。

「夜に高速乗ると高速代が安いらしいよ。」
「夜の運転は疲れるよ?大丈夫?」
「疲れたら車中泊でもしようや」

 母は心配していたが私は安く済ましたいからと夜出発を押し通した。

 後部座席には一人暮らしを10ヶ月満喫したアパートから持ち出した衣装ケースと布団、ビニール袋に入った雑貨たち。
 結婚する前に人生で一度は一人暮らしをしたいと貯金を崩して2.3万のロフト付きワンルームを借りた。

 22時ごろに出発して2時間は車を走らせた関門橋付近でのこと。
「霧が出てきたけん次のパーキングエリアで休もうか」
 母がそう言った。
 それから5分くらいすると前が見えないほどの霧に見舞われる。
「なんこれ、やばいって、前見えん意味わからん!」
「ゆっくりでいいけん、ハザードたいて進もう」
 免許をとって一年と少し、下道と都市高以外は使った事なんてない。
 母は横でもっともっとスピードを落とせと指示を出してくる。

「うわぁ、怖かったー!」
なんとかパーキングエリアに入り一息つける状況になった。
「トラックもどんどん入ってくるけん、プロが休憩するくらいなら私たちも休むのが正解よ」
 母がパーキングエリアの入り口を指差しながら言う
 それから1時間くらい休憩して再度出発する。
「今度は私が運転するよ。さとこは寝ておきな。」
 母の言葉に甘えて助手席で睡眠することにした。

 ピー。ETCカードが残っています。
 その音で目が覚めるとパーキングエリアにいた。
「あ、起きた。ちょっとトイレ行ってくるね」
 寝起きの悪い私は首だけ縦に振り大きな欠伸をする。
「目が覚めた?トイレ行ってきたら?」
「うん、飲み物も」
 トイレを済ませ、お土産売り場は閉まっているので自販機で飲み物を買い車に戻る。
「運転変わろうか?」
「まだ目が覚めてないやろ。大丈夫よ」

次止まったら変わろうと思い起きておく事にした。
「今どこ?」
「広島」
「おー。あと少しやん」

 土地勘のない私は広島の場所もよく分からずにそう答えた。

「そろそろ変わるよ」
「うん、大丈夫?」
 大丈夫?は私のセリフだと思う。
 眠そうに見えたので運転を変わると提案したが断らないと言うことは眠いのだろう。

「寝てていいよ」
 そう言った私に母は心配そうな顔をしながらも瞼は落ちていく。

 1時間くらいで母が起きた。
「私どのくらい寝てた?」
「うーん、1時間くらい?」
「大丈夫?変わる?」
「大丈夫。」

 そこから30分くらい走るとまた聞かれる。
「運転変わろうか?」
「大丈夫って、」
「トイレ行きたいから次停まって」

 トイレから戻ると母は運転席にいる。

「大丈夫なん?」
「うん、スッキリしたけん」

 幼少期からなぜこの人は無理をするのだろうと考えていた。
 もっと人を頼れば楽に生きられるのに、と。

 途中仮眠もとりながら、朝8時ごろに高速を降りる。

 彼に起きてる?とLINEするも既読がつかないので、道中で営業していた銭湯に向かい時間を潰す事になった。

 お湯に浸かり休憩スペースでのんびりしていると、起きたとの連絡が入る。

「よし、行くか!」

 再び車に乗って目的地へ向かう。

「ついた?ここ?」
「多分そう。着いたって連絡してみる。」

 着いた!とLINEすると彼が家から出てきた。

「いやぁ、遥々ご苦労様です。まじで車で来るとは思わんかったよ。」

 そう言いながら背伸びをしている彼に、車はどこに停めるか尋ねる。

「あー、家片付けてなくて。この時間ならモーニングあるからコメダ珈琲でも行く?」
「え?!モーニング!行ってみたい!」

 朝マックは知っているがカフェでのモーニングなんて食べたことがなく食い気味で賛成する。

「婚姻届はどこで書くと?」
 母が訪ねてくる。

「そのお店でいいんじゃ無い?」
 頭の中にはモーニングしか無い。お腹も空いてきた気がする。

「さとこを宜しくね。」
 なぜ今なのか、彼を見ながら涙する母。

「早く行こうよー!」
 と車に乗るように声を掛ける。

 コメダ珈琲に入り、メニューを選ぶ。
「ココのメニューマジでかいからなに頼むか決まったら教えて」
「ふーん。これ!」

 指差したのはシロノワール。パイのような生地に生クリームが乗っている。いかにも美味しそうだ。

「やめた方がいいって!マジで。モーニングでも無いし。」
「そだ。モーニング食べたいわ。」

 結局トーストと小倉を選び、カフェオレを注文する。
 カフェオレがコップでなく瓶に入って出てくる事に驚きながらも完食した。

「さて、書くか。」

 自分の欄と彼の欄をささっと埋めて、母に渡す。

「ここでいいと?」
「だめなん?」

 お腹も膨れ満足した私は母に早く記入するよう促す。

「まぁ、貴方たちがいいなら、」

 そう言いながら書いてもらう。

「まさかさとこが結婚するとは。自慢の娘です。宜しくね。」

 泣きながら話す母。
 あー、また泣いてるよ。と横目で見ながら、氷の溶けた薄いカフェオレをズズッと吸った。

「新幹線で帰るんよね?どこから乗れるんやろうか。」
「東岡崎ですかね。乗り換えが必要ですが。」

 駅まで母を送り、寝過ごさんようにね。運転ありがとうと言いながらお見送りする。

「よし、帰るか。」
「マジで片付けてないから」
「あー、わかったって。」

 いよいよ同棲が始まった。

 2週間後、彼の実家に2人で向かう。
 普段飲まないらしいお酒を飲んだお義父さんが帰ってきた。
 顔を赤くしたお義父さんから震える字でサインをもらい、翌日に役所に提出した。
 縁起のいい日より私たちの都合のいい日が記念日になった。
 天気の良い4月の土曜日だったと思う。

 入籍しても特に変化はなく、同棲をスタートした事による変化の方が大きかった。

「ここはポリテクセンターどこにあるんやろうか。」
「うーん、わからんけんハロワ行ってみるよ」

 結婚による退職をした私は失業手当を貰うためハローワークに通う事にした。
 栄養士は懲り懲りだ。手に職を付けるためにポリテクセンターに通うことを彼に提案されていたので、ハロワに相談に行く事にした。

 夏になった。生理が来ない。ポリテクセンターの勉強はまだ始まったばかり。
 秋を迎え安定期に入る。さすがに教員に相談し、就職方法を模索した。

 冬になり卒業となる。お腹も大きくなっており、里帰りし出産に備える事にした。

 春には第一子が産まれた。
 2300gと小さめで、念の為一日保育器に入っていた。
 夫は思ったより喜んでいて、私は全然実感がなく産んだからと無条件に愛情が湧く訳でないんだなと思った。
 初めて見る新生児をお猿さんみたいと眺めていたが、口にはしなかった。

「長い付き合いになるからなぁ。」

 彼がそう言いながら保育器の中の赤子を指でつつく。

「赤ちゃんって産まれてすぐは本当に赤いんやね。」

 私はそんなありきたりな感想を告げ、彼と赤子を写真や動画に収める。

 出産から3ヶ月後、里帰りから彼の元へ帰宅した。

 子供は可愛いし夫婦仲も良好。しかし私には困りごとがあった。
 収入がゼロになり数ヶ月が経過し、いよいよ車のローンの支払いが出来なくなっていたのだ。

「相談があるんやけど」
「おーなに改まって。コーヒーでも入れてよ」

 そう言いながらゲームをキリのいいところでやめ、話を聞く姿勢をとる。

「車、あるじゃん。支払いが難しくなってきていて。立て替えてもらえないかなと。」
「え?車?あんたの?借金あんの?」
「借金ていうか、、車のローンの支払いで貯金がもう無くて、、」
「いや、いやいや、車のローンも借金も一緒だって!金利は?残債は?」
「きんり?なにそれ。月の支払いは16,000円だよ。」
「はぁ?金利しらんの?信じられん。確認して。俺があんたにお金貸すから」
「う、うん、、」

 なぜ彼がこんなに怒ってるのか分からなかった。だってみんな車買うならローンだし、今までは働いて収入があったから払えてたし、これからも働けば大丈夫だと思っていた。

「金利、6.5パーで残りは30万だった。」
「はぁぁ?!6.5?!なんでそんなんで借りたんや!今すぐに30万払いに行こう。」
「え、でも、」
「俺は無駄な金利払うとか死んでも嫌だから。今日30万なら出すけど月1.6万は無理。」
「う、うん。」

 違いがわからなかった。30万円という大金を払ってもらうより、月に1.6万円の方が気持ち的には楽だったのだが彼の強い言葉に30万円を払ってもらう事になった。

「30万は俺に借金な。」
「うん」

 徐にルーズリーフを一枚とペンを手に講義が始まる。

「BS/PLって聞いたことある?」
「ない。」
「分からんくても聞いて。資産と負債の事なんやけど」
「?????マジで分からん。」
「まぁ、今はいいよ。でもマジで大事な事だから。それと金利の計算の仕方教えるけん手書きでこの紙に計算してみて」
「う、うん。」

「金利っていうのは元金にかかる利息のことで、車買うのに100万借りたんやったら年に6.5%は利息分の支払いで、元金はこれだけしか減らない。」
「うん。でもさ、お金ないやん。でも車が必要で、ならローン組むしかなくない?」
「俺の車ヤフオクで7万やで。手元にあるお金で買えるものを買うんや。」
「え!あれ7万なん!てか7万で車って買えるん!!」
「まぁあれは安い方やけど30万あれば軽の中古車は買えるやろ!」
「あの車は一目惚れしたんよ。」

 考え方が全く違っていた。
 お金がないならローンで欲しいものを買う私と、手元のお金で必要なものを買う彼。
 金利の知識がない私は車のローンは借金ではなく分割払いだと思っていた。利息は分割払いの手間賃だ。

「でもさ、壊れんの?」
「車がお金を生んでくれるならお金かけてもいいけどそうじゃないのにお金かけても意味がない」
「そうなんや。」

 お金を生む車。なんだそれ。意味がわからなかった。

「分割払いするのがダメなん?欲しいものはお金貯めて買うって事?」
「分割払いじゃなくて借金は利息がある。」
「でもさ、月に貯金できるお金は1万円だとして、今すぐに欲しいものが100万で、貯金が30万だったらローン組むのも仕方なくない?」
「その考え方は可笑しいんよ。欲しいものは余ったお金で買うもので、借金したら利息分多く払う事になる。」
「利息分払ってても、毎月ちゃんと支払えて、欲しいものも手に入って、何がダメなん?」
「借金のために働く事になるよ」
「借金のためじゃ無くて、欲しいもののためのはずなんだけどなぁ。」

 いまいち理解ができなかった。ただ彼の真剣さは本物。なんだか大事な事である、という認識はできた。

「他に借金ない?」
「ないよ。」
「ローン組んだりリボ払いもない?」
「リボ払い?てなに?」
「クレジットカード会社の借金。金利高い支払い方法」
「クレジットカード持ってるけど使ってない。ETCカードなら使ってるけど。もう終わったけど脱毛は高校の時から四年くらい分割で払ってた。」
「はぁ。マジ信じられん。脱毛も金利いくらやったんや。親は何も言わんの?」
「親?なにも。車買う時はお母さんと一緒だった。脱毛の支払い方法にサインするときも親の同意が必要でお母さんにサインもらったよ。お父さんにも車買ってローン組んだ話したけど金利?なんて聞かれなかったし、いよいよ社会人だね。おめでとうって言ってた。」
「親から教えてもらう事ちゃうん?!」
「さぁ?知らない。」

 Nワンは諸経費込み130万で30万は学生の頃のバイトの貯金と奨学金の残りのお金で払い、100万のローンを組んだ。
 当時は営業担当が2人いて、支払い方法について聞かれた。
 月に2万以内なら大丈夫ですと答えたら新社会人限定5月支払いスタートのプランを持って来てくれた。
 親切な人だなと考えていた。
 社会人になってからで良ければ今月のバイト代で春休みには卒業旅行にいける。そう考えていた。

 お母さんは派遣、お父さんは公務員の私の家でお金の話なんてした事がなかった。
 むしろお金の話を皆の前ですることは行儀の悪いことな様な気がしていた。

 彼のお母さんはパート、お父さんは金融関係。
 家族内で当たり前の様にお金の話が出ていたらしい。

 金貸の仕組みなんて考えたこともなかった。
 ローンは借金じゃないと本気で思っていたし、脱毛も分割払いだと考えていた。結局金利は分からずじまいだ。

 マネーリテラシー。それを教えてくれたのは親ではなく彼だった。
 お金を生まない買い物の金利は、見栄を張るために払う無駄金だと教わった。他人から良く見られたいと言うプライドは捨てないと貧乏人になるぞ。と

 働いても欲しいものが買えないなら、なぜ働くのか。そんなの間違ってると思ったが言葉にはしなかった。

「俺不動産やってるじゃん。あれがお金がお金を生むっていう事なんよ。」
「うーん、分からん!」
「セミナー行こう。不動産セミナー。あとオススメの本も貸すから。」

 そう言われて渡されたのは加藤ひろゆきさんの本と、金持ち父さん貧乏父さんの本。
 金持ち父さん貧乏父さんは分厚すぎて読めなかった。

 それまで漫画以外の本を読んだことのない私は本の読み方さえわからない。読み始めたら1ページからスタートし、途中で終わればどこまで読んだか分からなくて読むのを諦める。または初めから読むの繰り返し。
 しおりの存在は知っていたが使ったことなんて無かった。

 セミナーに初めて参加した。
 利回りって何?金利はこの前知ったけど、銀行に金利払って物件買ってるじゃん!

 セミナー内容は何も分からなかった。利回りという単語は覚えたが、Googleで調べても意味は分からなかった。

「なーんも分からんやった!!」
「いいんよ。それで。参加する事に意味がある。」

 セミナー代を払ってもらったのに不貞腐れている私に彼はそれでいいと言った。また行こうとも。
 次のセミナーでは理解できるようにキチンと本を読もうと思った。

 こうして私は不動産の道を進む事になった。

 貧乏人はお金の使い方を知らない。
 なぜなら資本主義社会の仕組みを知らないから。

 お金持ちと貧乏人のお金の使い方が違う事を知った時、理解が出来なかった。

 働く=欲しいものを手に入れる
 これが貧乏人の考え方

 働く=資産を増やす
 お金持ちになりたければそう考えろと教わった

 初めは意味がわからなかったが、資産が増え貯金が増えると理解できた。

 貧乏人はなぜ貧乏なのか。
 それは資本主義社会の仕組みを知らず、資産を持たないからである。
 消費から生まれるものは快楽だ。
 資産から生まれるものは豊かさだ。

 働けど働けど生活が苦しいのは、消費にばかりお金を使うからである。

 それを教えてくれる人を見つけた私は幸運だ。
 皆んなにも少しばかり、その幸運を運べたら嬉しい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?