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カナダ逃亡記#14:椅子男(チェアマン)との出会い pt.1

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ドキュメンタリーが撮りたい

2012年、カナダ・トロントにおける僕は、子供の面倒をみたり肉体労働のバイトをしたり、そのかたわら映像制作の仕事も極めて細々と続けていた。

映像の仕事は全てがお金になるものとは限らなかった。カナダ人の大好きな「ボランティア」の名目で、僕は何かを撮影して編集して、それをタダで渡すということもよくやっていた。しかし時間は限られている。どうせタダでやるなら、自分の好きな題材を撮りたい。そういうわけで、僕はドキュメンタリー映像の題材を探していた。面白いものが撮れれば、自分の作品になる。

ラッパーの友達に撮影を頼まれる

2012年3月のある日、トリニダド系カナダ人の友達から電話があった。
彼とは市が提供してくれた「職業訓練所」で知り合った。
職業訓練所といってもレズメを書いたり就職先を調べたりする程度で、直接的な「実践」が学べるわけではない。ただ、それに参加しないと市からの「失業保険」がもらえないので、僕は仕方なく参加していた。その職業訓練所は10人くらいが出席する授業形式だったが、そこで「職業:ラッパー」のセイジ(Sage)に出会い、僕の方から声をかけて友達になった。

セイジはその週末にニューヨークからやってくるアーティスト(Smif-N-Wessun)のコンサートの前座を務めるとのことだった。それを僕に撮影してくれないか?ということだった。
「OK、やるよ、コンサートも見れるし、面白そうだね。」
二つ返事で引き受けた。

コンサート当日、セイジをステージ裏の細い通路の奥にある楽屋に訪ねて行くと、彼はビシビシのヒップホップな衣装に身を包んでいた。おそらく服飾デザインをやっている人から借りてきているのだろうか。ショップから出てきた新品な服をまとっていた。彼は緊張と興奮がまざって上機嫌だ。

僕はセイジが話をしている男に興味を覚えた。男はせまい楽屋でみんなを取り仕切っていろいろ指示を出している。彼は今回のコンサートの主催者で、みんなに「チェアマン(Chairman)」というニックネームで呼ばれていた。チェアマンはセイジのプロデューサーでもある。何よりも僕が興味をもった理由は、彼が「車椅子」に乗っているということだった。

車椅子男でチェアマン?

チェアマンは部屋の中で真っ黒いサングラスをかけて、上から下まで服装にぬかりがなく、きちんとしていた。僕のステレオタイプな憶測だが、チェアマンはきっと過去に「よからぬ事件」に巻き込まれて下半身不随になったに違いない。咄嗟にそう思った。

明るい肌の首の左横にはタトゥーが入っている。よくギャングがするそれだ。見るからに「カタギ」な人ではない。しかし人当たりが良い。相手を寄せ付けない感じはない。むしろ寄って話したくなる。実際に多くの人が出たり入ったり、彼との会話を楽しんでいた。彼はカリブ海の国々にルーツを持つ「圧倒的に根明」な雰囲気をまとっていた。

車椅子に乗っている人は珍しくないけれど、ラップのコンサート会場で、しかも「ボス」という立場の人はなかなかいない。しかし何があって車椅子なのだろうか?

本人に聞きたい気持ちはあったが、さすがに初対面で聞くにはプライベートすぎる。かわりにラッパーのセイジに聞いてみた。
「なぜ彼は車椅子に乗ってるのか知ってる?生まれつき?それとも事故か何か?」
「若いころにアクシデントに見舞われたんだよ。でも詳しいことは俺は言いたくない。直接本人に聞いてみれば?」

「やっぱりなぁ、アクシデント、そうだと思った。銃で撃たれたとか…」
しかしカナダはアメリカと違って、銃の所持にはとても厳しい。したがってアンダーグラウンドでもアメリカ程は銃が流通していない。そう簡単に「銃の被害にあった人」とは出会わないということだ。
じゃあなんだろう…

チェアマンはマーヴィンという幼なじみと一緒に、コンサートをプロモートする会社を起こしていた。実にこれが初めてのコンサートらしい。そのせいか、関係者一同からは初めて船出したような緊張と喜びが伝わってきた。

途中で一度、スタッフ側で何かトラブルのような事が起きた。そこに行って撮影してもいいかとチェアマンに尋ねると、はっきり「ノー!」と断られた。それ以降なんとなくタイミングを見失って、チェアマンには「車椅子に乗っている訳」を聞く事が出来なかった。

ドキュメンタリー撮影の申し込み

帰りしな、セイジに「俺はチェアマンに興味がある、彼はドキュメンタリーに興味があるか聞いてもらえないか?」と伝えた。

それから3ヶ月程経って、再びセイジから連絡があった。チェアマン本人が自分の映像を撮られる事に興味をもっているとのことだった。早速、ダウンタウンの彼の家に行って話をすることになった。

カナダ逃亡記15>に続く

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