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靴男。 #02 【雲男。 外伝】

「あいつと今日なに話してたん?なんか近くなかった?」

「え、普通に仕事の話なんだけど・・・そんな近かった?普通じゃない?」

「いや、めっちゃ近かったやん!あいつ絶対お前に気ィあるわ。もうあんま話さんようにな」


・・・また始まった。私はうんざりした。

エイジはとにかく嫉妬深かった。私が少しでも他の男と話しているのを見かけようものなら、あとで2人になった時にチクチクとまるで姑のごとく詰められる。5つも年上なのに大人の余裕というものが全く感じられないのだ。



私たちの関係は、ひとまずバイト先では言わないでおこうという事になった。なったというよりかは、私がそうしようと提案した。

なぜならバイト先にはエイジの事を気に入っている女子が私のまわりに何人かいたから。もしこれがバレたら。最悪、質問責めからの発覚→嫉妬→陰口→嫌がらせ。このパターンがあり得るから女は恐ろしい。

私がもし美女であってもきっと嫉妬まではされるだろう。しかし残念ながら私は美女でもなんでもない。「なんであの子がエイジ君と付き合ってんの?」「どう考えても釣り合わないよね」「遊ばれてるだけじゃない?一回ヤッただけで彼女ヅラとかまじイタいんですけど」・・・そんな陰口が思わず聞こえてきそうだ。

そんな毎日には耐えられそうもないので、私は隠密行動を選択したのである。


だけれどもエイジにとっては秘密の関係というものがやや興奮材料になっていたらしく、バイト先のエレベーターや喫煙スペースとなっている外階段の踊り場や小会議室などで2人きりになるとすかさずキスをしてきたり尻を撫で回してきたり、調子に乗ってそれ以上も求めてきたりするので、いつか誰かに見られるのではと気が気じゃなかった。

いつぞやのセックスの最中、エイジが私にしがみつき、すがりつくようにして言ったことがある。

「俺、ほんま高校生みたいに、アホみたいにお前のこと好き。これ全部俺のもん。誰にも触られたくない。俺から離れんといてな」

私はこれを言われた当時、「高校生の時みたいに純粋に私のことが好きだから独り占めしたいのかな。可愛いとこあるじゃん」と思い、ペットみたいで少し愛おしくも感じたものだ。

だけれど今この言葉を振り返ってみると、「高校生の時のようにアホみたいな性欲で気持ち良くなれるお前の体が好きだから俺だけのものにしておきたい」という風にもとれる。

実際エイジの性欲はとどまる事を知らなかった。ミスチルもびっくりだ。

ただ、当時セックス依存症であった私にとってはその方が都合が良かった。


私たちはお互い利用し合っていたのだ。


ただ如何せん、エイジは束縛が激しかった。私が別の男と話しているのを見かけるだけで機嫌を悪くするし、友達と電話をしてても「誰?」と必ず相手を確認して履歴まで見る。当時セフレだった男からの着信履歴を見つけて、友達と伝えるもその男にわざわざ電話をさせ「もう会わない」と無理やり言わされた事もあった。飲みに行くのもメンバーを必ず聞いてくるし、もちろんその中に男がいるならば絶対に行かせてくれない。女同士の飲み会でも途中で何度も連絡が来て、終電までには帰ると言ってるのに「心配やから」と車でわざわざ迎えにくる。保護者か。

これを愛されていると感じる人も世の中にはいるのだろうが、それまで自由に生きてきた私にとっては窮屈で仕方がない。私にはエイジが独占欲の塊にしか見えなかった。まるで自分の気に入ったオモチャを誰にも盗られたくない子供のようだ。

ああ、エイジは私を自分だけのものにするために、あの時セフレではなく彼女として首輪をつけたかったのだな、と思った。




私は自分の都合がつく限り、エイジのバンドのライブを見に行った。正直、音楽性も私の好みでは全くなかった。けれど毎回ゲストで入れてもらっていたので、払うのがドリンク代だけというのは唯一の救いだ。対バンで自分好みの系統のアーティストが出た日は来て良かったなと思うくらいで、基本的にはライブハウスの後ろの方で壁に寄りかかり、酒を飲みながらただ時間が過ぎていくのを待っていた。

売れないバンドだけれども、ステージ前の一列を陣取るくらいはエイジ目当てのファンがいた。私が言うのもアレだが、2人くらいは可愛いかなと思えるがそれ以外はどれもパッとしない女ばかりだった。君たちがいま黄色い声援をあげてうっとりと見つめている目線の先の男と私は付き合っているんだよ、ガハハハハ。と、暇を持て余しすぎてちょっとした優越感を楽しんだりもした。

私たちの関係は、エイジのバンドメンバーだけには知られていた。そりゃ毎回ゲストで入れてる女は誰だという話にもなるだろう。一度音源を作る際に女性コーラスを入れたいからということで頼まれてスタジオに行った時「俺の女」と紹介され、その言い方に少々イラッとした。待機中、バンドメンバーの男が暇そうな私に気を遣って話しかけてくれた時に「はいそこ〜、人の女に手ぇ出さんように〜」と冗談っぽくエイジが言ったが、その目は笑っていなかった。



そんな毎日を窮屈に思いながらも体の相性は良かったのでだらだらと付き合っていたら、いつの間にか一年ほど経過していた。すぐに私に飽きるんじゃないかと期待していたのだが、当のエイジは全く飽きる気配がない。寧ろどんどん執着されていくように思えた。

しかし、私はそれでもエイジをまだ好きになれていなかった。

エイジは洗顔料や化粧水や乳液、美容液や顔パックまでなにやら高そうなものを揃え、美容室やエステやヒゲ脱毛など、美容に熱心にお金をかけていた。売れないバンドマンで仕事も所詮バイトの給料なはずなのに、高級ドライヤーや美顔スチーマー、美顔ローラーや鼻毛カッターまでもひと通り揃えている。そして少しの時間をみつけては筋トレをして体を鍛え、ステージ映えする細マッチョ体型をキープするための努力を欠かさなかった。

それに対して私はせいぜいビオレとヘチマコロンくらいで、腕立て伏せなど一回もできない状態である。美意識が完全に逆転している。

私はどちらかというと容姿にそこまで気を使わないような、ちょっと小汚いくらいの男が好きだった。ヒゲも好きだし、髪の毛もゴワゴワした癖毛や伸びて目にかかるような長めが好きだし、だらしない服装だって人にもよるがセクシーだし、化粧水なんて使った事がなく、石鹸で体を洗うついでに顔もガシガシ洗うようなガサツな感じの男が好きだった。そういう男は汗のニオイだって好ましい。

だからなのか、エイジのその己に対する手のかけ方に、女である私は少しの引け目と気持ちの悪さを感じずにはいられなかった。

これは完全に好みの問題なので、エイジのようにいつも自分磨きをかかさず、清潔感があって常にキラキラしていて、いい匂いのする爽やかなアイドルみたいな男が好きだという女性は世の中に多いことだろう。

そういう男を、ただ私が苦手だったというだけだ。


極めつけは靴である。

エイジの家の玄関のシューズクローゼットにはたくさんの靴が収納されていた。スニーカーはせいぜい二足。サンダルが何足かあって、その他は高そうな革靴とブーツが大量にあった。

そして革靴とブーツ、そのほとんどの靴の先が極端に尖っていた。

私の苦手な靴がこんなに・・・・この光景をはじめて見た時はさすがに引いた。

付き合っていくうちにもしかしたら好きになるかもしれない、などと当初は軽く考えていたものだが、エイジがこの靴を履き続ける限り彼を好きになることは決してない。と、この時強く思った。



付き合って一年以上経ってもエイジは相変わらず高校生のような性欲を保ったまま私を求めてきたのだが、その日はいつもより丁寧に時間をかけて励んでいるなと思っていた。

エイジが口を滑らせたのは、彼がその絶頂の波を迎えようとしている時だった。


「ああ、やっぱお前が一番気持ちええわ」


・・・・・・・・ん?

ちょっと待て。

やっぱお前が一番気持ちいい?

・・・え?一番?今一番って言ったよね。うん。一番・・・ってあれよね、順位つけてますよね。それって二番もいるってことですよね?



薄々気がついてはいたが、エイジは他にも女がいる。

私はそう確信した。



つづく


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