お題「まさかりかついだきんたろう」「亡命」「不愉快な唇」で創作
僕の地元の同級生に金(キム)君がいたんだ。
僕らは訓読みで金(きん)と呼んでいたけどね。
青森県のド田舎じゃ朝鮮学校や外国人学校なんて存在しないから、中華料理屋の息子の劉(りゅう)君もいたよ。
彼の名前が三国志の登場人物にあやかって「備玄徳(びけんとく)」にしちゃったもんだから、フルネームが「劉備玄徳」になっちゃうという、まあ、難儀な名前もらったなあと、僕ら同情してなぐさめてたよ。
話を金君にもどそう。
そんなわけで、童話の金太郎のなかで「ま~さか~り担い~だ、金太郎ぉ~♪」なんて歌詞があったから、金君に面と向かって歌っては、よくからかったもんだよ。
名字の通り金君の実家は朝鮮系の焼き肉屋で、いまは焼き肉屋のツテで上野に店を構えている。
金君はいまや、HD(ホールディングス)という名のつく焼き肉屋チェーン店の経営者でね。店主やりながら経営もしてるんだ。
僕がたまたまテレビドラマや漫画にも登場する上野のサウナやビジネスホテルを撮影して素材を集めていた時に金君と再会して、それからは小中高と12年間の思い出話してたんだけど、金君が不愉快な唇をしてたんだ。
金君はむかしから不愉快なときは無意識に唇の左端を痙攣させるんだ。
だから、僕は映画「ロッキー」のシルベスター・スタローンも感情が高ぶると同じ表情するから「ロッキーになってるぞ」と指摘してたんだ。
その時も金君に「ロッキーになってるぞ」と指摘してから、「ひょっとして俺にストレス感じてる?」と尋ねたら、
「最近、ヤベー客がいるんだ」
とつぶやくように語りだした。
彼が言うには、紙巻きタバコのマルボロをひと吸いするだけで、1㎝もジュッって音を立てて灰にする勢いで吸うやつがいるそうだ。
僕も数年前までタバコ吸ってたからわかるんだけど、よほど深呼吸してから吸い込まないと、そんなに燃えたりしない。
もうひとつ、そこまですごい深呼吸してマルボロを吸い込んだら頭がクラクラして歩くときは千鳥足になるだろう。
その時点で何がヤバいか何となくわかった気がした。
「それで、その客は店に迷惑かけてるのか?」と、聞いてみた。
その客は普段、水色のゴルフⅡで乗り付けては友達もつれて入店して、みな金払いがいいので、むしろ上客なんだ。
しかし、最近は昔の不良かヤンキーみたいな口調で突然暴れることああるらしい。
あるとき。金君に「亡命したい!」とわめきたてたらしい。
何言ってたんだコイツ?と思いながらなだめすかして退店させたんだけど終始、
「オレ逮捕されるんだ!半島に逃がしてくれ!!」
と被害妄想じみたことをわめくんだ。
酔ってアホなことわめく客はごまんといる。
しかし、そのヤベー客は毎回わめくだけでなく、最近は店の備品を破壊したり殴る蹴るの乱闘も行うものだから、店員も常連客も迷惑している。
いくら金払いがよくても、堪忍袋の緒が切れそうだから、次やったら出禁にすると息巻いていた。
数か月後、金君の店でランチ定食食いながら「あれからヤベー客どうなった?」と尋ねてみたら、もう来なくなったらしい。
「そりゃ、よかったな」相槌うちながらテレビのニュースを見た。
芸能人が大麻で逮捕されたようだ。
「こいつだよ」
金君がそうつぶやいた。
役に入りすぎたのかな?
あるいはヤクが入りすぎたか?
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