特殊介護職(ミステリー作家の秘書)をやっていた話 ①

前職でタイトルどおりの仕事をしていた。
月給25万円、完全週休2日制。9時5時勤務で残業なし、夏休みは約1か月。主な業務は先生に紅茶を淹れること、ランチの支度をすること、そして毎週1冊ミステリー小説を読み、読書感想文を提出することだった。

求人はネットで見つけた。
「レア☆作家秘書のお仕事です!」というタイトルに目をうばわれ、気づいたら応募ボタンをクリックしていた。業務内容の詳細について書かれていないのが不安だったが、好奇心のほうが勝った。数日後、無機質な声の女性から電話がかかってきて、面接日時が決まった。

事務所は都内某所の高級マンションの一室だった。ガラス張りのエントランスを抜け、エレベーターの最上階で降りると、長い廊下の先に指定された部屋があった。緊張しながらインターホンを押すと、40歳くらいの女性が出迎えてくれた。ぱりっとしたパンツスーツに前下がりボブ。電話と同じ無機質な声で「こちらへどうぞ」と案内され、中に入った。

まず、シャンデリアが目に飛び込んできて驚いた。
元はリビングと寝室に分かれていたところの壁を取り払ったのだろう、広々とした室内に高そうなテーブルと椅子、パソコンが並べられ、本棚にはぎっしりと函入りの本が並んでいた。部屋全体が「お金、持ってます!」という雰囲気を醸し出している。

「やあ、どうも」

満面の笑みをたたえて歩み寄ってきた先生を見て、また驚いた。

老いたコナン君だ。

名探偵コナンが新一に成長することなく、そのままの縮尺で老けたようなおじいさんがそこに立っていた。小柄な体に真っ白なシャツを羽織り、青いズボンをサスペンダーで吊っている。七三に撫でつけられた髪はシャンデリアの光を浴びてつやつやと輝き、その下にある銀縁の眼鏡の奥から、つぶらな瞳がこちらを見つめていた。

動揺する私をよそに、先生は応接テーブルの席についた。ボブの女性が紅茶を出し、パーテーションで仕切られた事務スペースへ戻っていく。1対1での面接が始まった。

「〇〇さんは、文学部でどんなことを研究してたのかな?」

「好きな作家は?」

「本は1か月に何冊くらい読む?」

「読むスピードは速い?」

文芸サークルの新歓飲みのような質問が矢継ぎ早に繰り出され、私は(おー、作家秘書の面接っぽい!)とドキドキしつつ、無難に答えていった。

「そうかそうか、いいねぇ。ミステリーは好き?」

先生の目がきらりと光った。ここが勝負所らしい。

「はい!昔から好きで、早川書房とか、東京創元社の本をよく読んでます」

嘘である。ミステリーをまともに読んだのは小学校のときハマっていた江戸川乱歩の『少年探偵団』シリーズが最後で、ここ最近のものは全く知らない。深く聞かれたら適当にかわして、「先生はいかがですか?」と逆に話を振るつもりでいた。こういうタイプのおじいちゃんは質問されるのが好きなのだ。

案の定、先生はジョン・グリシャムの素晴らしさを得々と語った後、こう言った。

「あなた、すごくいいね。一次面接は合格です。おめでとう」

まじで?今言うんだ。やったー!

思わずにやける私の背後から、ボブの女性の声が響いた。

「それではこれから、簡単な試験を受けてもらいます」

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