【小説】プロローグ
彼女の声を耳にした瞬間、私の胸が高鳴り、まるで青春のひと時が蘇るかのような興奮に包まれた。秋の終わりを告げる木々が彩る公園のベンチに座り、私たちは久しぶりに会う約束を果たしていた。
「久しぶりね」と彼女は微笑んだ。その笑顔は変わらず、しかし目尻のわずかなしわが彼女の時間の経過を教えていた。私たちはお互い婚約していた。彼女には優しい婚約者がおり、私にも愛する者がいる。そして私たちは子供にも恵まれた。頻繁には会えない。それが現実だ。
しかし、私たちの間には言葉では言い尽くせない絆がある。お互いに違う生活、違うパートナーと共に生きることを選んだが、互いに癒しを求め合っていた。一人では満たされない深いところを、お互いが埋め合っているのだ。
「君の声を聞くと、いつも心が落ち着くよ」と私は言った。彼女は少し目を伏せながらも、心からの笑みを見せた。
「あなたも、私にとって大切な存在よ。でも、これでいいの。私たち、それぞれの人生があるから。」
そう、私たちはお互いの全てではなく、お互いの何かを支える存在。不完全ながらも、完全に理解し合える。一時の逢瀬は、日々の生活で感じる喧騒を忘れさせてくれる。私たちが選んだ道を、後悔してはいない。ただ、この瞬間だけは、時間が止まってほしいと心から願う。
「次にいつ会える?」彼女が小さな声で尋ねた。
「そうだな…」と私は答えながら、秋の薄日を浴びてきらめく彼女の指輪を見た。そして、私のポケットにも、別の誰かからの愛の証があることを思い出す。静かな公園には、私たちの複雑な心が溶け合っていた。
言葉にする前に、私たちは理解している。私たちの時間は限られている。だからこそ、この一瞬一瞬が、永遠に変わることのない、かけがえのないものなのだ。
公園からの帰り道、私は深く息を吸い込んだ。胸の奥が温かい。彼女との時間は終わりを告げたが、心の中で、彼女の声がまだ響いていた。
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