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冷やしあめと観音様

「200万円が2つで、はい、400万円!」
「ほなこの100万ドルの笑顔で頼むわ!」
「「ワッハッハ」」
地元からうんと離れた土地で、まるで古典のようなやり取りを経て冷たい瓶を2つ受け取る。
この感じが良くも悪くもなんだよなと独り言が漏れる。
1つを散歩の休憩がてら飲むつもりで手に持ち、もう1つを何とは無しにリュックへ入れた。

ごくごくっ……。
「プハー」
キンキンに冷えた液体が身体に染み渡る。
幼い頃のお盆に祖母がお手製の冷やしあめを振舞ってくれたことを思い出す。
冷やしあめというのは近畿圏の一部で飲まれる甘い生姜味の飲み物だ。
各家庭で原液を作って、それを薄めて飲む。
和製カルピス。
和製ジンジャーエール炭酸抜き。
そんな感じ。
原液づくりが一人暮らしには手間なので、10年ぶりの味だった。
「今日は本当に日差しが強い。バスを使っても良かったかもしれない」
ベンチに座ってそんなことを思う。

慣れた道を再び歩いて行く。
「あれ、このトンネルを通ったらすぐそこに道があるんじゃなかったっけ」
これまでに何度も通った道で迷子になってしまった。
記憶と勘を信じてあっちこっちと行き来していると、お寺の軒先に出た。
どうやら地元のお寺の別院らしい。
「これも何かのご縁だろうか」
入ってみると、お供え物も花の水もすっかり干上がってしまって、人っこ一人いない。
これでは仏さんも寂しかろうと、くたびれた花を生け直して水を差した。

一礼して、ふと脇を見ると観音堂が少し空いていた。
誘われるように中に入ると大きな観音様の前には小さな賽銭箱があるのみで、ジリジリと太陽が照りつける外とは打って変わって寂しげにひんやりとしていた。
「仏さん、これが狙いですか」
リュックの中の冷やしあめをお供えして、静かにお参りをして去った。

お寺を出ると、あっという間に家に着いていた。
仏様も郷里の味が恋しくなったのかもしれない、そう思って深くは詮索しないでいる。

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