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#人の家の話 2 「え、ちょ…フロリダに来るってことは、つまり…」

年が明けて、AEWのPPVのチケットを買った。まだ航空券は取っていない。過去にシカゴ行きの航空券を買ったけど、ALL INのチケットを買いそびれるということもあったから、とりあえず先に大会チケットだけ買った。
奇跡的に三列目の中央の席のチケットを購入できた。しかもキャンペーンに選ばれて、たったの200ドルで歴史に残るであろう大会の超良い席を購入できた。
さて、思ったより安くAEWのチケットは購入できたわけだが、問題はオーランド滞在中の諸々の費用だ。日本のビジネスホテルのような一人部屋など、向こうにはまずない。最低でも二人部屋だし、オーランド空港周辺のホテルだと、どこも四人部屋からスタートになっている。つまり一人で泊まるのに四人部屋の料金を払わなければならない。
ただでさえオーランドは、今まで訪れた街に比べて、圧倒的に公共交通機関が不便だから、どこかへ出かける度にUberを使わなければならなさそうだった。航空券自体は需要の激減で安くなっているけど、現地へ行けば結局色々とお金がかかりそうだった。
そんな時にふと思い出した。アンドリューがいるじゃないか。
アンドリュー・ベンジャミン。たぶん俳優。日本人のプロレスファン仲間から紹介してもらうかたちで知り合ったニューヨーク在住のプロレスファンだ。僕がニューヨークでカツアゲされた時、会場からホテルまで送ってくれたり、飯を奢ってくれたりしたのがアンドリューだった。
アンドリューに対して、ずっと何かお礼をしたい気持ちがあった。2019年には「来年日本に行くよ!G1の時期かな」、2020年には「制限も緩和されて来年には行けるだろうから日本行くよ!」、2021年には「武尊対天心を見に日本に行こうと思ってる。マスクせずに遊んでやる😎」というようなメッセージを毎年くれていたが、まあコロナもあって毎年来なかった。
ニューヨークでお世話になったアンドリューが日本へ来た時には必ずおもてなししようと思っていたが、結局叶わずにいた。たぶん彼は、2022年も日本に来ない。というか、来れない。
どうせ一人より誰かと一緒のほうが楽しいだろうし、あわよくば一週間で14万強かかるオーランドでのホテル代を奢る代わりに現地で運転してくれないかな……なんてことを思いついた。

「来月AEW Revolutionを見にアメリカに行くことにしたんだけど、ニューヨークには行けそうにないんだよ😢ただ、ホテルは四人まで泊まれるし、もしよかったらオーランドに来ない?」

送信した後に気づいた。そういえばアンドリューは、3月にジェリコクルーズに行くとか言ってた。資金的にも、仕事的にも、厳しいか……。

「面白そうじゃん!いつ着くの?でも仕事で行けるかわかんない😭」

そんな返信が来た。そらそうだよな、直前だもんな。
現地での仮のスケジュールを送った後、「イケメン二郎にも会うよ」と一言添えたら、「KUSHIDAは?」と秒で返信が来た。こいつ、KUSHIDA来るって言ったら来んのかな……。でも流石にKUSHIDAには会えそうにないから、「二郎は友だちだけど、KUSHIDAは面識ないし会えそうにないよ」と正直に返信する。正確には二郎も友だちではないけど、面倒臭いから「friend」という言葉で片付けた。

「え!ちょ…フロリダに来るってことは、つまりストロングゼロを持ってこれるってことだよね?」

KUSHIDAからハードル下がりすぎだろ。あるいはKUSHIDAの評価どんだけ低いんだよ。ストロングゼロさえ持っていけば、はるばるニューヨークから来てくれるかよ……。

「持っていけるけど、そんなに好きなんだ?」

「めちゃくちゃ好き!」

その後、仕事に折り合いがつけられそうという連絡が入った。タイミングよくジェリコクルーズは中止になっていた。アンドリューもオーランドへ来ることになった。僕はストロングゼロを入れるためにスーツケースを持っていくことになった。



1月も下旬になった。ようやくANAでフライトを取ったことで、実感が少しずつ湧いてきた。出発一ヶ月前に簡単に取れちゃうのが、なんともコロナ禍での渡米という感じがした。今までの海外旅行とは世間的にも個人的にも全然違うものになりそうで、胸が躍った。
僕は久々にイケメンさんにLINEを入れた。やたら敬語で、なるべく短く、失礼のないように細心の注意を払いながら文面を作った。

「ご無沙汰しております。3月の第一週にオーランドへ行く予定です。3月上旬、イケメンさんはオーランドにいらっしゃいますか?」

割とすぐに返事が来た。

「えー!」

えっ、どういう「えー」だろ。

「4月のレッスルマニアウィークにテキサス行けばいいのに」

違う違う、一応あんたの試合見るつもりでもあるんだよ。
立て続けにLINEが来た。

「アクセスあるから日本人もみんないるよ」
「か3月下旬にオーランド来てテキサス経由で帰るか」

なんか旅程まで提案されたんだけど。

「WMも検討したのですがどうしても新学期と被って難しかったです!
イケメンさんの前で言うのもちょっとあれなんですけど、3月上旬にオーランドでAEWのビッグマッチもあるのでちょうどいいタイミングだなと思いまして!」

僕はイケメンさんのお父さんにAEWを見ていると言ったら怒られたころがある。2021年9月、まん防が出ていた頃のこと。お笑いライブを見に東京へ来ていたら、TwitterのDMでイケメンさんのお父さんからちょっとでも店においでよ、と連絡いただき、僕はイケメンさんのいない鍋家黒潮を訪れた。
21時を過ぎた足立区竹ノ塚。店に入ると、まあまあ出来上がったお父さんと、ちんこにパールが入ってるという初めましてのおじさんと、よく黒潮で一緒になる常連さんがいた。机の鍋は、もう野菜しか残っていなかった。
その頃まだ地元の富山では、コロナに罹ったら悪とされる風潮が残っていた。ましてや県外に遊びに行って罹ったなんて言ったら、冷たい目で見られること間違いなしだった。
コロナ禍の僕は、ホテル代も高速バス代も安いから頻繁に県外へ遊びに行っていたが、人と会うことはほとんどなかった。まん防中の足立区で飲み。ただでさえちょっと怯えていたのに、店に入ると別の意味で怖い人が目の前にいた。
お父さんは息子がアメリカへ行ってから客が来なくなったことを本気で嘆き、パールのおじさんは「俺関東では悪いことしてないっすから」という怖い台詞を吐いていた。なぜかいつも僕に優しい常連さんまで怖く見えてきた。
お父さんが「最近はどこ見てるの?」と聞いてきたので、「AEWっすね」と素直に答えたら、「一番見ちゃいけねえ団体見てるなお前!今日から敵だ!帰れ!絶縁です!」と言われた。冗談なんだろうけど、少し怖かった。

そういうこともあって、NXTを衰退させたAEWの話を、NXTで働く人間に対して話すのはよくないか、という配慮をしたつもりだった。

「まあ俺いつでもいるから来るとき連絡してくれー。飯行こー」

なんだ気にすることもないのか。
その後、僕は旅程を送った。とりあえず3月1日のNXT2.0の観覧チケットは、アンドリューとの二人分用意してもらうことになった。

「ランペイジもオーランドでやるんだ」

「そうです!PPVと同じ会場です」

「ランペイジはロウスマックダウンみたいな感じ?」

「AEWではダイナマイトがロウで、ランペイジがスマックダウンって感じです」

「えー」
「じゃあ金曜スマックダウン見に行こうよ笑」
「うちから車で行けるところでやるよ」
「マイアミ」
「車で3時間半だけど笑」

イケメン-僕間も、アンドリュー-僕間も、いうて探り探りな部分があるのに、イケメン運転の車でアンドリューもお願いして三人でマイアミは色々キビイなあ……と思い、丁寧に断った。

「そかそか」
「まあ今回はAEW連戦した方が良さそうだな😂」
「まあ空港迎えに行くからご飯行こ!」

イケメンさんが空港まで来てくれることになった。

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