【小説】案山子 第4話
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「なあ、本当にこんなとこにいんのかよ」
「いるって。入ってくの見たもん」
幼い声と同時にがさがさと葉を掻き分ける音がして、子供が隠れ処にひょこっと顔を出した。
「うわっ、ほんとにいた」
「な、言っただろ?」
侵入してきたのは三人の子供。先ほどぼくを見ていた男の子が一番小さく、あとの二人は少し年上の男女。
「もう戻ろうよ。雑草がうつっちゃう……」
女の子が不安そうに両手を握り合わせる。
「平気だって。夜こいつの近くで寝てる人だって別に雑草生やしてねぇじゃん」
小さい子がふっくらした顔を好奇心に輝かせて近付いてくる。葉で半分隠されたぼくの顔を窺いながら、投げ出したぼくの脚の、植物から露出した隙間を指でちょんと触り、きゃあと叫びながら飛び退いた。
「やっぱりダメだよ、おとなのひとに怒られちゃう……」
女の子は半泣きになっている。小さい子は無視してぼくの周りをぐるぐるして色々な角度からぼくを観察した。
「お前、なんで雑草だらけなの?」
小さい子は正面からぼくを見下ろす。
「なんでカカシなの?」
「おい、もうやめとけよ」
大きいほうの男の子が止めに入る。頭のてっぺんで天使の衣の色の蕾がぴょこぴょこ揺れている。
小さい子は頬を膨らませてどっかり座り込んだ。
「わぁかったって。もういいよ。こいつだんまりでつまんねぇし」
あとの二人もぼくをちらちらと警戒しながら腰を下ろす。
「何か別のことをして遊ぼう。何がいい?」
「日が沈んじゃったから影絵もできないし、枯葉でお絵描きするとか……」
「そんなのもう飽きてつまんないから探検に来たんだろ」
小さい子が口を尖らせる。
「あーあ、もっと走り回ったりして遊びたいなぁ。このままじゃ土になっちゃうよ」
「走って転んだらどうするの? 愛の花は神様のものなのに、葉が折れたりしたら……」
「そうだぞ。お前の身体だって神様からお預かりしてるものなんだ。勝手に傷なんて付けたらどう償うんだよ」
大きい二人が口々に、繰り返し大人から聞かされた理屈を再生産する。
「もう、うるさいなぁ。あれは駄目これも駄目って、みんなも天使様もそればっかり。外の世界にはガミガミ言う人いないのかなぁ」
幼い少年は唯一外とつながっている水晶の天井を見上げ、膝をぼりぼりと掻いた。暗闇に慣れていない彼は、爪の間で引きちぎられた芽が汁を垂らしていることに気付かない。
「お外は怖いところなんだよ。ここは天使様が管理してくださってるから優しい人しかいないけど、お外には悪い人がたくさんいて、私達に『シット』してるんだって。神様に選ばれた私達が羨ましくて意地悪ばっかりしてくるんだって……」
女の子が憑りつかれたように目を輝かせる。蕾の子は首を傾ける。
「昔は家出して外で野垂れ死ぬ人がいっぱいいたんだけど、オオアカさんが来てからなくなったってじっちゃんが言ってたな。なんで外に出ようなんて思うのか、俺、わかんないな。だって俺達には特別な誉ある務めがあるんだし、天使様がいてくだされば悪いことなんて何も起こらないし」
「でも閉じ込められてたらつまんねぇの。外が見たいの」
駄々をこねる少年の脚に、暗がりでも見える速度で蔓が伸びる。女の子が短く悲鳴を上げる。
「雑草だ。大人のひとを呼ばないと」
「でもみんなに心配かけちゃう……」
女の子の呟きに、立ち上がった蕾の子の動きが止まる。
「じゃあどうするんだよ……。こんな、嫌な気持ちになったら、俺まで……」
言い終わらないうちに黄緑色の葉が芽吹き、伸びる。
「オオアカさん、オオアカさん!」
小声の叫びに応えるようにオオアカさんが植木鉢の間を抜けて尖った顔を出した。短い脚で一直線に小さい子に向かい、新しい芽を頬張る。
「ありがとう、オオアカさん」
「ありがとうございます」
次々にお礼を口にする子供達の顔に、オオアカさんは真っ黒でどこを見ているか分からない瞳を向ける。
「お前さん達、外に出たいんか」
ゴムが擦れるようなキュウキュウした声でオオアカさんが言う。子供達は顔を見合わせる。
「やめときな。鳥に食われちまうぞ。人間にもな。弱い弱いお前さん達は、ここでしか生きられねぇよ」
言いながらオオアカさんは再び伸び始めた蔓を貪った。
その時、淡い色彩が子供達の背後に現れた。
「こんなところで何をしているのですか? ——ああ、雑草がこんなに。早く水晶の下にお行きなさい。愛の花を台無しにしないように」
天使に急かされ、子供達はバツが悪そうに暗がりから出た。ぼくも軋む身体を起こしてゆっくりと後を追う。そろそろ仕事の時間だ。
天使の姿が薄くなって闇に溶ける直前、昇り始めた月の光に照らされた天使の顔が怪物のように歪むのを見た。
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