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「愛の妙薬」考 02

「愛の妙薬」1幕9場、
酔っ払ったネモリーノの
ふざけた様子に怒るアディーナ。

彼女はあてつけとばかり
士官ベルコーレの求婚を受け、
「6日後に結婚式をあげましょう」
と、ネモリーノの前で宣言する。

自分にぞっこんのネモリーノならば
困って泣きすがるかと思いきや
彼は逆に大笑い。

なぜならネモリーノは
医者ドゥルカマーラの処方した
秘密のホレ薬を飲んでおり、
その効果が明日には出て
アディーナが自分に惚れるだろうと
思い込んでしまっているから。

ネモリーノの大笑いに
苛立ちを隠せないベルコーレと
怒りを抑えきれなくなるアディーナ。

三者三様の思惑は
いつの間にか絶妙なバランスの
ギャロップ(2拍子の舞曲)に変化する。

※ ※ ※ ※ ※

こうした音・リズムの遊びは
ドニゼッティの得意とするもので、
いかにこの箇所において
コミカルな場面をイメージしていたか
音楽から読み取ることができる。

この音楽を視覚的に
かつ、最大限に活かすには、
楽譜に描かれた通りの行動を
キャストが行えば良い。

怒る役の者は怒り、
笑う役の者は笑い、
それぞれが別の演技を行いながらも、
いつの間にかギャロップのリズムに乗り
同じ行動、同じ振りとなる。

三者三様からシンクロへの移行が
際立てば際立つほど、
演技のシンクロの度合いが
高ければ高いほど、
観客に伝わる面白さも大きくなる。

これがバレエダンサーであれば
一糸乱れぬパを踊るなど
ダンサーならではの腕の見せ所だが、
これがオペラの場合となると違ってくる。

ダンサー並の動き・身体能力を
歌唱主体のオペラ歌手に要求するのは
全く現実的ではないのだ。

「では、どうするか?」

この場合の現実的な解のひとつは
「全員、直立不動」だったりする。

同じパで踊るのがシンクロならば、
「全員がフリーズする」
という行動もまたシンクロであり、
同じ効果を持つ「行動」だからだ。

だが、この方法も
実際に行おうとすると
存外に難しい。

なぜなら
歌手が舞台で歌うとき、
歌唱表現を補うため、
あるいは癖その他の原因により、
首や手を振ったり、
躰を揺らすことがままあるのだ。

それが音楽に即したものや、
表現上必要とされる
演技であるなら良いのだが、
残念ながら、その多くは
実は音楽と直接関係がなく、
むしろ、音楽を阻害する
無駄な動きだったりする。

こうした
「音楽を阻害する無駄な動き」を
いかに削っていき、
すっきりとまとまった、
しかし十分に効果的な
演技を行うにはどうすれば良いか、
舞台稽古では常に問われることになる。

先程の三重唱の場面でいうならば、
ギャロップの音楽箇所に対して
全員前を向いて直立する。

ギャロップの音楽が続いている間は
一切の足踏みをせず
足を固定させておく。

立ち位置と躰の向きが定まっており、
足を固定することで
下半身の動きを止められるならば、
舞台上が絵画的な静止状態となり、
それまでの流動的な動きとの対比が
際立つことになる。

これは、数ある解のひとつである。

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