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「歌手を夢見た頃」02

NHKの見学も一通り終わった頃、
私は応対してくれた職員に
質問をぶつけてみた。

「テレビで歌ってるような
 歌手になるには
 どうすればよいのですか?」

それまで満面の笑みで
私たちを案内してくれた職員は、
苦笑すると、ポロっと答えた。

「やめときなさい。
 ああいうのは、
 テレビのこちら側で
 楽しむものなのだから。」

テレビ局の人によると、
私のように
「歌手になるには
どうすればよいか」と
聞いてくる人は
それなりにいるらしい。

歌が好きで、
それなりに上手くて、
女の子であれば器量良しとか、
男の子であっても舞台好きとか、
そういう子供は当時ですら
割と沢山いたのだろう。

だが、
なりたいと思っただけで
なれるものでもない、
シビアな現実というものが、
芸能界には存在した。

※ ※ ※ ※ ※

芸能事務所に所属し
作曲家から曲をもらって
レコードに吹き込む。

このレコードが
万単位で売れるのならば
収益も見込まれるが、
初回ロット分すら売れないとなると
残ったレコードの山は全て
歌手が引き取らねばならない。

したがって、
レコードを吹き込んだ新人歌手は
ひたすら営業にいそしむことになる。

楽器店やレコード店を回っては
1枚でも多く店に置かせてもらい、
スポンサーになってもらえそうな
企業には挨拶回りを絶やさず
応援してくれる個人も増やし、
ファンを作っていかねばならない。

とはいえ
万単位のレコードを売るためには
出身地の応援だけでは到底無理で
少しでも全国的な知名度を上げるよう
各地を渡り歩くことになる。

所属する音楽事務所は
売り込み・営業をかけるための
連絡網などを持っているのだが、
今のような
ネットなどなかった時代である、
売り込み・営業はひたすら
足を使って行うことになる。

それでも、
音楽事務所が率先して
歌手の売り込みを行っているならば
まだその歌手に
ヒットの見込みがあるということだが、
多くの場合は、
それ以前のところで終わる。

・・・当たり前の話だが、
音楽事務所も商売をしている以上、
売れると見込んだ商品ならば
販売・宣伝の労は惜しまないが
売れそうにない商品など
ただの不良在庫でしかないのだ。

歌が上手いかどうかが問題ではない。
「売れるか、売れないか」
単純かつ無慈悲な
数字の世界。

商品がモノであれヒトであれ、
その原理原則は変わらない。

これが、
地方において
「ポピュラー歌手になりたい」と
歌手を夢見る者に突きつけられる
現実の世界だった。

※ ※ ※ ※ ※

NHKの職員の人が語るところでは
実際にこの町から
歌手を夢見みて頑張り
なんとか歌手デビューにまで
こぎつけた子がいたそうだ。

親兄弟や親戚のみならず
その子の親が働いていた職場などでも
多くの人達が
その子を応援してくれたらしい。

だけど、
本人の頑張りも
周りの応援も空しく、
最後は多額の借金と
売れないレコードの
在庫の山を抱えたまま
歌手を断念することになったという。

その話の生々しさは、
とても小学生相手に
語るようなものではなかったが、
私の相談を受けたNHKの職員は
それだけ真摯に
私の相談と向き合い、
大人として真剣に
私が歌手を志すことを
止めようとしてくれたのだと思う。

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