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新劇のエクササイズ

私が東京藝術大学から
東京コンセルヴァトアール尚美の
ディプロマコースに入った頃の話。

大学の同期は、
郷里に戻って先生になったり、
学校に残って大学院に進んだり、
二期会や藤原の研修生になったりと、
それぞれの道に分かれていった。

ミュージカルを目指して
劇団四季へ行った人もいれば、
演劇の道を目指して
新劇の研究生になった者もいた。

新劇の道に進んだ仲間から
聞いた話だが、
研究生のエクササイズでは、
こんな事をやらされたらしい。

※ ※ ※ ※ ※

エクササイズは最初に
ちょっとした台詞
(ここでは「白浪五人男」の口上)
を与えられるところから始まる。

口上の台詞が頭の中に入ったら
最初に行うのが、
「舞台の上を転げ回りながら
大声で口上をわめき散らす」
という練習だ。

飛んだり跳ねたりひっくり返ったり、
舞台を目一杯使って
それこそ狂ったように
喚かされるそうだ。

次にやらされたのは、
同じように転げ回りながらも、
客席を意識して喚き散らす練習。

いくら舞台を走り回ろうと、
転げ回ろうとかまわないが、
喚くのは、常に客席に向かって行う。

私も教えられてやってみたけが、
舞台を縦横に走ったり、
だだをこねる赤ん坊のように
倒れ、転げ回りながらも、
喚声を上げたり
台詞を叫んだりする際に
必ず客席に顔を向けるというのは
結構きついものがあった。

最後に行われるのは、
転げ回りながらも次の瞬間、
「白浪五人男になって」
口上を喚く事。

前のエクササイズとの違いは、
前回が
台詞をただ喚くのみだったのに対し、
今回は
役になり切るという要素が入ったこと。

新劇をやっている者から見れば、
このようなエクササイズは
基礎の基礎なのかも知れないが、
私にしてみれば、
眼からウロコだった。

「へえ、こうやって
舞台に通用する役者を作っているのか。
これはすごい。
是非とも
歌に活用させてもらわねば。」
と思ったものである。

※ ※ ※ ※ ※

歌を歌うということも、
このエクササイズと
全く同じであったりする。

まず第一段階は
「自分の中にある
 歌いたい・表現したいという欲求を
 とにかくアウトプットさせること」。

他人の眼など、
この段階では必要ない。
思うがままに、表現欲の赴くまま
好き勝手に歌い散らかせばいい。

むしろ、あえてそうすることで、
自分の中にある
「表現したい」という欲求が何なのか、
はっきりと確認・自覚することができる。

これの表現欲求・発散欲求は、
歌唱・演奏に魂(アニマ)を込めるための
最も根源的なものでもある。
言わば「歌う」ということの
一番の核心部分。

次の第二段階は
「聴き手を意識する」。

誰もいない場所、
誰も聞いていない場所で歌い
独りで欲求を発散させたいのか?
それとも誰かに聴いて欲しいのか?

それを意識するだけで、
発散させているものは
質的に変化するようになる。

「聴いて欲しい」というのは
「伝えたい」ということでもある。

その伝えたいという欲求を
自覚することができたなら、
最後の第三段階へと
エクササイズが進んでいくことになる。
(続)


※写真は三代目歌川豊国画「稲瀬川勢揃いの場」(1862)

『白浪五人男』というのは通称で
正式な演目名は『青砥稿花紅彩画』
(あおとぞうし はなのにしきえ)。
エクササイズでは「稲瀬川勢揃いの場」、
「名乗りの連ね」と呼ばれる
日本駄左衛門、弁天小僧菊之助、忠信利平、
赤星十三郎、南郷力丸の悪党五人が
次々に名乗り口上を上げていく場面の科白が
課題として使われる。


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