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「アンドレア・シェニエ」の衣装

ジョルダーノ作曲のオペラ
「アンドレア・シェニエ」に登場する
三人の男性のキャラ設定に関するメモ。

2014年に主催企画として
このオペラを公演した際、
このキャラ設定をもとに衣装が作られた。


1.アンドレア・シェニエ

オペラの主人公。詩人兼政治家。
革命直前までイギリスのフランス大使館に勤務し、
革命後はジロンド派として活躍。
詩人としての名声は死後に確立。
外交官であった父親の三男で
裕福なブルジョワ階級として何不自由なく育つ。
経済的に裕福であり、
センスの良い服をオーダーして着用。

1幕の革命前夜・伯爵家の夜会場面では、
貴族趣味に合わせたアンシャンレジームの衣装、
白に銀の刺繍をほどこした膝丈のコートに
銀系のチョッキという組み合わせが多い。

2幕からの革命期では青系のフロックコート、
白のヴェストに薄茶(麻色)の長ズボン、
ブーツ(長靴)という組み合わせ。
コートの襟は首が埋まる位に高い。
コートの袖からブラウスの袖飾りが
顔をのぞかせるスタイル。

終幕牢屋の場面では
2幕からフロックコートとヴェストを外した状態。
ボタン留めではなく頭から被るタイプの、
飾り襟のブラウスが一枚欲しいところ。

2.ジェラール

マッダレーナの屋敷の召使から革命に参加し、
ジャコバン派の有力議員にまで上り詰める人物。
シェニエの恋敵だが人格者。
庶民代表で、着ているものは基本的に古着。
したがってサイズが多少ちぐはぐでも問題ない。

1幕冒頭のアリアは、伯爵家の召使として登場。
縞模様を基調とした御者のような恰好。

2幕以降は革命期の役人という設定、
茶系統の膝丈コートにヴェスト、
ズボンにブーツという組み合わせ。
コートは古着として手に入れた
貴族のコートという設定で、
ちょっと地味目な色合い。
(鼠色っぽい茶?)
革命の役人らしく、
三色のタスキを斜めにかけている。

3.密偵

革命を利用して
成り上がろうとする小悪人(小役人)。
上昇志向が強く、
着ている服にもそれが現れている。
三人の男性の中では一番の洒落者。

ダークレッドかワインレット、
もしくは赤の入った、
ブラウンを基調としたコート、
またはフロックコートを着用。
ヴェストは白、ズボンは白か黒。

ジロンド派(=裕福層)の者にシンパとして近づき、
政府批判の言質を取っては
密告して投獄するという仕事の性質上、
ジドンド派の喜びそうな
貴族趣味の派手な印象となる。
(密偵としての変装だが、本人の趣味もある)

※ ※ ※ ※ ※

フランス革命の頃というと、
まだ産業革命に至っていない時代。
大量生産の既製服などというものはなく、
それどころか
ミシンすらまだ出現しておらず、
衣類は全て人の手で
シコシコ縫って作る物だった。

家庭で作る簡単な衣類はあったけれど、
サロンなどの社交場に着ていくものとなると、
これはもう専門職のオーダーメードしかない。
当然値は張るので、
貴族やブルジョワはともかく、
一般庶民にはおいそれと
手が出せるものではなかった。

ではどうしたか?
「古着」である。

ヨーロッパではどこの街でも
古着や古物を扱った「蚤の市」が
街の広場で定期的に開かれており、
そこで庶民は手頃な古着を買っては
補正し、着回してきた。
(パリの蚤の市は有名)

これをオペラの舞台にあてはめるなら、
「どんな衣装をどのように着こなしているか、
それによって登場人物の
物語における立ち位置が明確に判る」
ということになる。

例えば2幕において
革命家ジェラールに古着を着せれば
「庶民・貧民の代表としての姿勢を崩さない、
強固な精神の持ち主(頑固親父)」
という性格を表すことになるし、
オーダー系の新しい服を着せるならば
「革命という動乱の中で
地位と権力を手に入れようとする野心家」
という性格を彼に与えることができる。

2014年の公演においては、
ジェラールはあくまで頑固親父系に設定され、
野心家のキャラクターは
密偵に全て投影されることになった。

※ ※ ※ ※ ※

これまでに私が主催したオペラの公演は
その大半が「セミコンサート形式」、
つまり基本はあくまで演奏主体のコンサートで
許せる範囲でのみ演技や演出の入る舞台であった。

ただし、衣装を制作する場合は、
自由度の高い「現代演出」や
「読み替え演出」ではなく、
あくまでオーソドックスに、
舞台の時代考証を行った上で
衣装を揃えていくということで、
方針が統一されている。

なぜかというと、
物語の時代考証を
より深く考察することで、
その時代の雰囲気や
価値観・倫理観などが
有形無形の形で舞台に反映され、
登場人物のキャラクターが
よりリアルになってくるからだ。

フランス革命という激動の時代に、
それぞれの登場人物が何を考え、
何を求めて行動してきたのか、
(もしくは生き抜いてきたのか、)

そうした時代の息遣いというものを
舞台に出現させることができれば
演出家冥利に尽きるというものである。

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