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小説『天使さまと呼ばないで』 第61話


ミカはそれからずっと、過去の怒りをぶつけるようにミシンのペダルを踏みつけながらブラウスを作り続けた。

そうしてゴールデンウィーク最終日には、10着目のブラウスを完成させた。


色とりどりのブラウスは、爽やかなこれからの季節にちょうど良さそうだ。

縫製もずいぶんと上達して、10着目は店に売ってるものと遜色ないように思うほどだった。


怒りがうまく発散できたからだろうか、10着目が完成した時には久々に晴れやかな気持ちになった。


と、その時スマホに電話が来た。母からだ。


これまでも正月や盆の時期にはいつも連絡が来ていたが、ミカはいつも電話に気付かなかったふりをして、LIMEで連絡するようにしていた。

離婚してからは特に、母に色々と自分のことを聞かれたくなかったし、仕事も『派遣でOLをやっている』と誤魔化していた。


だが、この連休中に過去を振り返ったミカは、母と一度きちんと話した方が良い気がした。


恐る恐る、電話をとる。

「もしもし?ミカ?」

昔から聞き慣れた声が聞こえてくる。

「うん、何?お母さん」

「あんたゴールデンウィークも帰ってこなかったじゃない。最近どうしてるの?」

「ああごめんごめん、色々忙しくて。元気にしてるよ」

「コウタさんとはやり直さないの?それとも他にいい人がいる?あんたもそろそろ歳なんだから、子供を産むなら今が最後のチャンスだからね、再婚するなら早くしなさいね」

いきなりその話題かよ・・・とげんなりする。

「うーん、コウタとはもう無理だよ。再婚したらしいし。別に今付き合ってる人もいないよ」

「もう、だから離婚に反対したのに!あんなにいい人他にいないわよ!」

せっかく失恋から立ち直りつつあるのに、わざわざ傷口に塩を塗らないでほしい。

「そんであんた、今仕事は何やってるの?まだ派遣?」

出た、この質問。

適当に話を合わせようかとも思ったが、過去の『小さな嘘』で散々痛い目にあったミカは、正直に言うことにした。

「ううん・・・今、実は清掃の仕事してる」

「清掃!」

小馬鹿にしたように言って、母は続けた。

「ダメよそんな誰にでもできる仕事!あんたまだ若いのに!」

その言い方にカチンとくる。

だが、ミカの頭には、ヒロコさんの言葉が響いた。

そう言う人達はね、生活のどっかに不満をかかえてるだけよ。そんで、幸せを"定義"だと思ってんの

『結婚している』とか『子供がいる』とかそういった定義の中にキレーに収まることが、幸せだと思ってんの

母にとっては、自分の認める以外の仕事に就く=不幸になっているのだろうとミカは思った。

ミカは落ち着いて答えた。

「そんなことないと思うけどな。掃除ってけっこう奥が深いもんだよ〜一緒に働いてる先輩もすごく良い人だし。楽しくやってるよ」

「仕事ってのは楽しさを求めるようなもんじゃないの!もう、せっかく大学まで行かせてやったのに!そんなくだらない仕事に就くなんて!」


またもや頭の中で、ヒロコさんの声が聞こえた。

じゃあ『その話題は傷つくのでやめてください』って言えばいい


ミカは深呼吸して、静かに言った。

「お母さんの意見はわかった。でも私は私なりにやりがいと誇りを持ってやってるんだから、それを尊重してほしい。私、職業に貴賎はないと思う。これ以上侮辱するなら、電話は切るから」

ミカの怒りが伝わったのか、電話を切られたくないからか、とにかく母は黙った。


ちゃんと自分の気持ちを言えたことに自信が出たミカは、先日のおもちゃ売り場で気付いた話をした。

「・・・話は変わるんだけどさ。お母さん、私が4歳の時に欲しがった、『魔法のステッキ』覚えてる?」

「え?何それ?」

「ほら、私がハマってた魔法少女モノのアニメで出てきたやつ・・・」

「あー!なんかあったわね」

「私、誕生日のとき、あの魔法のステッキが欲しかったの。でも、お母さんは『すぐ飽きるからやめた方がいい』って言ったの、覚えてる?」

「そうだった?」

「言ったよ!それで、私我慢してブロックを買ってもらったの」

「ふうん」

「私、あの時、本当は魔法のステッキが欲しかったんだよ!なのに、お母さんに否定されて、悲しかった!しかも、それで機嫌が悪くなったことに怒られて、すごく嫌な気持ちになった!」

涙が溢れてきた。


母は何と答えるだろう。

『そんな思いをさせて申し訳なかった』と言ってくれることをミカは期待していた。


「あんた今さら何言ってんの〜。

だいたい、お母さんべつにあんたに何も強制しなかったわよ?ただブロックとかの方が長く遊べるからいいんじゃないって言っただけで。

あんたが『絶対に魔法のステッキが欲しい!』って言ったら、お母さん買ってあげたわよ?」


全身の力が抜ける。足がガクガクしてうまく立てない気がする。


「だって・・・お母さんいっつも自分の意見が通ると嬉しそうだったじゃん!お母さんのためにそうしてたのに、ひどいよ!」


「はぁ・・・子供に無理させて嬉しいわけないでしょ。お母さん知らなかったわよ、あんたがそんなにあのステッキが欲しかったなんて。

でも、欲しいおもちゃが買えなかったのは、あんたの意志薄弱なのが原因。それをお母さんに責任転嫁しないの!

だいたいあんた、もういい大人なんだから、今さら30年も前のことグチグチ言わないの!」


「お、お母さんだって大昔のこと言ってたじゃん!昔は地主だったとか、本当だったらお金持ちの人と結婚できた、とか!あれも私すごくイヤだったんだよ!私なんて産まない方がよかったって言われてるように感じた!」


「あー、そんなこと言ってた?うーん確かに言ってたかもね、でもそれはほら、家系の話だから。そういう自分の血筋のことって大事でしょう?

あんたの、おもちゃが欲しいみたいなくだらないワガママの話とは違うから。

それにね、お母さんあんたのこと産まないほうがよかったなんて思ったことないわよ!ただ小さい時に貧乏で大変だったから、もっとお金持ちだったら良かったなあって思ってただけ。あんたいちいちネガティブに受け取りすぎなのよ〜ほんとに面倒くさい子ねぇ」

そう言って母は笑った。


「うるさい!お母さんの馬鹿!」


ミカはそう叫んで電話を切った。

涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだ。とても表に出られるような姿じゃない。


どうしてこの人は、自分の悲しみに寄り添ってくれないんだろう。

自分が過去にしてきたことを棚に上げて、散々人を傷つけたことを忘れて、人の弱さを馬鹿にするんだろう。



ミカはそのまま布団に突っ伏して、子供のように泣き喚いた。

こうして、連休最終日は最悪な気分で終わってしまった。



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第62話につづく



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