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小説『天使さまと呼ばないで』 第62話

連休明けの月曜日、ミカは早速昨日作ったばかりのブラウスを着て行った。


母のことを思い出すとまだモヤモヤするが、自分で自分のために作ったブラウスを着ていると、まるで今日が特別な日のように感じて、少し気分が明るくなった。



仕事が終わり、ロッカールームで着替えていると、ユミコさんは目を丸くしてミカのブラウスを見た。

「あら!ミカちゃんそのブラウス素敵ねぇ〜」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「どこで買ったの?」

「実は、連休中に自分で作ったんですよー」

「えっ手作り!?」 

そう言ってユミコさんはブラウスをまじまじと見た。

「すごいねぇミカちゃん、器用なのねえ。それデパートで売っててもおかしくないわよ〜」

「いやいやそんな、褒めすぎですって」

「最近のお洋服って縫製とか生地がしっかりしてないの、多いもんねぇ。こんなに素敵な洋服が作れて本当に羨ましい!」

「あはは・・・ありがとうございます」

自分が作ったものが、『幸福になれる』という価値が無くても手放しに褒めてもらえることが、ミカはなんだかくすぐったかった。

ふと、昨日の母親との会話を思い出す。母は、あまり褒めることのない人だった。

「・・・あーあ、ユミコさんが私のお母さんだったら良かったのになぁ」

思わず、そうぼやく。

「あら、どうして?」

「だって優しいしいつもニコニコしてるし、こんなお母さんだったら絶対毎日楽しいですよ」

「ミカちゃん、まるで小学生みたいなこと言うのねぇ」

そう言ってユミコさんは笑う。

「だってうちの母なんて本当無神経ですもん。全然私の気持ちをちっとも理解してくれないですし」

「でもねぇ、私だってぜんぜん良い母親なんかじゃなかったわよ〜。今は子供が自立したからニコニコできるだけで、一緒に暮らしてたときは毎日鬼みたいだったわよ」

そう言ってユミコさんは手でツノを作った。

「いやぁ、全然想像できないです」

ユミコさんは窓の外を眺めながら言った。

「本当本当。今でも後悔してるわ。もっと優しくすれば良かった、ああすれば良かったーこうすれば良かったーって」

「えー、ユミコさんでもそう思うことあるんですか」

「もちろん!子供にもいまだに文句言われてるのよ。『あの時ああ言われて嫌だった!』『もっとこう育てて欲しかった!』とか」

「うーん、でもやっぱりうちの母よりはずっと良いお母さんだと思うなあ・・・」

「それはどうかわからないけど、でもミカちゃんは私の全部の面が見えてるわけじゃないからねぇ。きっとずーっと一緒にいたら、嫌な面もたくさん見えてくると思うよ?お母さんよりも嫌な女だーって思うかもしれない」

「そうですかね・・・」

あまり納得できない。

「人間なんてみんな完璧じゃないからねぇ」

ユミコさんはしみじみと言う。

「でも、好きな人なら完璧なはず、私のことを好きなら完璧になってくれるはずって、期待しちゃう」

ユミコさんはそう続けて、ミカの方を見てにっこりと笑った。

「そうして期待するのが"愛情"だとみんな思っちゃうのよね」

「期待するのが、愛情・・・?」

ミカは、ユミコさんの言っている意味がよくわからなかった。

「そう。で、その期待でみんな苦しくなる。期待する側も、される側も。

その期待を脱ぎ捨てちゃえばいいんだけど、そうすることを、相手に悪いと思っちゃう。

相手を神様みたいにステキな人と思ってあげるのが、愛情だと思っちゃうのよね。

本当はその期待は、相手にとっては重荷でしかないし、いつか自分自身への重荷にもなってしまうんだけどね」

「うーん、よくわからないです・・・」

そう呟くと、ユミコさんはまたにっこり笑った。

「そう、そのミカちゃんの素直なところ、素敵!

大丈夫、いつかわかるようになるから」

そう言ってミカの肩をポンと叩いた。

「ところで、ミカちゃん、そのブラウス・・・私にも作ってくれないかしら?」

「えっ!?」

「もちろん、お代は払うから!」

「もちろんいいですけど・・・」

「ありがとう!じゃあよろしくね、サイズとかはまた、メールするわね」

そう言ってユミコさんは颯爽と帰っていった。



ミカは、ユミコさんに言われた『期待』の話を頭でもっと咀嚼したい気持ちと、ブラウスを買いたいと言ってもらえたのが嬉しい気持ちとが入り混じって、混乱したまま家へと帰って行った。



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第63話につづく


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