見出し画像

既知の土地の来訪者

馴染みのある土地の見知らぬ景色を横目に見る。

新しく出来た流行りの宿泊施設も、昔からある行ったことのないレジャー施設も見たことがあるはずなのにどれも見覚えのない様相をしている。
〇〇大学の〇〇研究室の腕章を付けた若い男性と教授と思わしき男性がカメラと地図を持って漁村を歩く。
土日であれば混んでいるはずの人気の飲食店も並ばずに入れる。
視線を上げると否応無く視界に入る見慣れぬ色は、実際の距離よりもずっと遠くに私を連れて行く。

何度も訪れた海岸。
砂が削れてその土地が岩盤であることを事実目で確認できる。
裸足で歩けないはずの砂浜。柔らかな細かな粒子で構成され心地良くなった。
今までなかった砂の段差や波で削られた砂浜。流れ込む川が向こうとこちらを断絶している。

砂が巻き上がるほどの暴風は前から吹いていたのか、それとも何かの作用によって吹き込んでいるのか判断は付かず、ただ過敏になっているだけだと結論づける。
真夜中の雷と豪雨は目に焼き付いた青い色を強制的に思い出させる。

それでいてわたしはただの来訪者であった。

知っている家、道、木、草、自動販売機、コンビニ、スーパー、人、店がある。

ここにわたしの生活はない。
わたしの生活はここから車で2、3時間。
汚い川の支流がある、渋谷までおよそ1時間の土地。

散らばった瓦、割れた窓、吹き飛んだ屋根も、すべてよく知った土地にある。
わたしの生活はそこにはない。

何も出来ないよ、と心の中で何度も唱えて、記憶のなかの穏やかそうに見える生活を再生し、いつかここに住むのなら備えねばならぬと現状に蓋をする。


平日21時の渋谷は人と音と光に溢れ、
内省的なロックを聴くのにぴったりで、
その景色がいつもより寒々しく見えたのは気温のせいだけじゃない。

その喧騒がいつもより身にしみる。
湘南新宿ラインでいち早く帰ろう。


#日記 #エッセイ #文章 #散文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?