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ベンチがアホやから

イギリスのパブにはたいていテレビがある。

いまでこそ、「ガストロパブ」(美食を意味するストロノミーとパブのくっついた造語)を名乗り、テレビが設置されていないパブが増えたけど、そもそものパブはその近所に住む人たちの社交場。
飲んで語るのが目的の場所。
パイントグラスを片手に、サッカーやラグビーの画面に激を飛ばす。
そんな情景があたりまえ。

でもね。
画面を見上げながら、「ほら、そこであと一歩脚、だすんだよ」とか「なんであそこに空白つくってんだよ」なんていっているひとをみると、思ってしまう。

じゃあ、あなたはテレビの中に入っていってそこの競技場でプレイできるんですか、と。

それはたぶん、自分のことに関連させてしまうからだ。

自分がやってない仕事に野次を飛ばすのは簡単で。
そこに至る道も、経緯も知らないから、突き放した批判ができる。
あーだこーだいう人に限って、汗もかいていないし、手も動いていない。

何度も経験したそんな状況を、思い出してしまうのだ。

ああ、Jose(ホセ)!ただ見ているだけのマネージャたちのなかで、ただひとり。
でも、だれも実際の穴掘り作業は手伝ってくれない。

自分の手も服も汚さないで、ただ上から見下ろして、ああしろこうしろといわれるのって、本当につらいから。

会社によくあるパターン。
育児によくあるパターン。

しかもうまくいったときには、その人たちの名札がくっついた包み紙で、エライひとに献上される。
スポットライトを浴び、賞賛を受ける。

おかしいな、それを作ったひとたちはこの薄暗い隅にいるのにな。

テレビのなかの野球場で、実際にマウンドに立っていた江本孟紀は、「実力のみで評価できる監督を呼んで下さい」と求め、ブレイザー監督のもと阪神が最下位を脱したとき、これでタイガースが変わる!と、阪神再建の道筋を感じたという。
しかし、期待とは裏腹に、1980年、ドラフト1位ルーキーの岡田彰布の起用を巡って、ブレイザー監督は辞任に追い込まれる。
そして、1981年8月26日、阪神対巨人戦の後、江本は
「ベンチがアホやから野球がでけへん」
ということばを残し、その発言の年に現役を引退した。

世界の人に聞いてみたさんが「あなたは一言でどんな人と言われたい?」訊ねたとき、

私は「ああ、あいつはちゃんと中身わかって話してるよね」と言われる人でありたいと思った。(いま思うとまったく一言じゃない)

本当に汗をかいて、手を動かして。何かを作りあげたことがあって。
現場の痛みや苦しみもわかった上で。
同時に広い視野を持って経営者の視点で全体最適のために改革が進められるような。

なんだけど。
どうも最近やってきた「ベンチ」はそうじゃない。

成熟した組織をクルーズ運転した経験しかなく、しかも自分のいたところといまいるところの違いを理解せず、自分がいた組織をコピーしたくて仕方ない。

改革ができますと謳ってやってきたけれど、カラフルなプレゼンとトーク力で煙に巻いて、いろんな頓珍漢なことを約束してきては、下に投げる。

んもう。

「ベンチがアホやから」

江本さん、あなたの気持ち、本当に良くわかります。 

でも、一番いいたい相手は、この日本の野球の歴史に残るエピソードをまったく知らないんだよなあ。
残念なことに。


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