それでも骨は残っている
クリスマスプレゼントにワイヤレスイヤホンをもらった。
「え、自分のはiPodなのに、私のはバッタモンみたいな黒いのなの?」
と難癖をつけたら、
「iPodはシメジが耳から生えているみたいで嫌だっていったから、わざわざこれを選んだんだけど?」
ヴィンセントが返してきた。
おっと。それは失礼しました。
机の上に箱をおいたまま、さて、なにを聴くんだろうと思ったまま、気づいたら数か月過ぎてしまった。
♢
初めてウォークマンがこの世の中にでてきたとき、みんなヘッドフォンをつけて歩いていた。それがイヤフォンになり、コードがなくなり。
でも、実はずっと変わらない。
私は、耳の近くで音が鳴っているというのが苦手だ。
幼い頃から中耳炎や外耳炎を重ねてきたこともあり、耳の中に何かをずっと入れておくカナル型のイヤフォンはさらに苦手だ。
「なにを聴いてるわけ?いつも?」
ヴィンセントと待ち合わせると、一番最初に彼がすることは、耳からイヤフォンを外すこと。そのくらい、とにかく、いつも耳の中にイヤフォンが入っている。
「え、ポッドキャストだよ。歩いてるときはたいていポッドキャストを聴いてるんだ」
♢
ポッドキャストってなに?
自分が歳をとったなと思うのはこういうときだ。
新しいもの、に興味を持てない、試そうとしない。だって、今あるもので満足しているもん。
そんなときに誰かがぐっと推してくれるのはとてもありがたい。
近所のケバブ屋でラムチョップが出てくるのを待ちながら、アプリで番組を探す方法を教えてもらった。
「ここからどんなものを聴きたいかを選ぶんだよ」
日本語のものも、あるのかな?
なんせ、Yahoo Japanは今年の4月以降、ヨーロッパからのアクセスを停止するご時世だ。日本語のアプリを勧められても英語のアップルストアでダウンロードできないこともしばしばある。
だから半分諦めがちに「ニュース」とカタカナで検索すると。でるわでるわ。
NHKから新聞社のものまで。これはいいぞ。
こうしていろいろ検索して出会ったのがジェーン・スーと堀井美香という同級生世代がやっているポッドキャスト番組だった。
♢
いろんなことが煮詰まっていたとき、思い切って北ウェールズへひとり旅をした。
その冒頭、自宅からユーストン駅へ向かうとき、ふと「使ってみようかな」となにげなく聴き始めたのは「それでも骨は残っている」という回だった。それを選んだのはタイトルに惹かれたから。
そして、そのエピソードに強く揺さぶられてしまった。
ヘミングウェイの「老人の海」で、最後にせっかく捕らえたはずの巨大カジキマグロも、港に帰ってきたときにはサメに食べられて骨しか残っていなかった。
でも、それでいいじゃん。
骨が残っているのだから。
ここのところ、
私はなにをしてきたのか
後に何が残るのか
そもそも、後に、なにか残るのか?
ということを考えていた。
子どももなく、なにかが次の世代につながるような気持ちはない。
仕事においても、かつて新卒の会社で育成にかかわった後輩などはともかく、日本語クラスの生徒やその後管理職としてかかわったチームのメンバーについても、なにかを残したというような気持ちは得なかった。
だったら、自分はなんのために池から川、川から外海にでて、違う国にまできてバタバタともがいでいたんだっけ。
でも、「ぼくを探しに」から学んだように、そもそも、そのステップステップこそが、生きていくということなのだから。
巨大マグロを持って帰らなくても、荒海にもがき、戦い。
自分なりに何かを獲得したのだということは、骨として残っているはずだから。
いただいたサポートは、ロンドンの保護猫活動に寄付させていただきます。ときどき我が家の猫にマグロを食べさせます。