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ブルースガール Back to the Music1

クリスマス・イブ
 信子は音楽に翻弄されている。その行き着く先が分からない。
それくらい大変な状況になっている。
それはブルースの呪い。
事の始まりはクリスマス・イブの夜からだった。

 信子は、特に勉強が出来ることもないし、運動能力が優れていることもない子供だった。
また、お稽古事としてピアノやバイオリンのレッスンなど受けたこともない。

 親は子供の教育には全く興味もなく、ほぼ放置教育を通していたが、何故か幼少の頃からスイミングスクールには通わせたいた。それでも泳ぎはそれなりに速いが、ジュニアオリンピックのレベルではなかった。

 そんなことで、信子は中学、高校と水泳部だった。勉強は出来なくはないが、大学進学もおざなりだった。卒業後はプー太郎を覚悟していた。
しかし、何故だか、水泳部の顧問の先生が彼女を妙に気にいてくれていた。その先生の口利きで、信子は地元の信金(信用金庫)に手堅く就職した。

 生きて行くために仕事をする。そんな生活をしていると月日はどんどん流れていく。気づくと、20歳を過ぎ、今や21歳。彼氏もいない。ただ忙しいだけで何もない日々を信子は過ごしていた。
そんな人生に多少の行き詰まり感を感じていた信子、ある日突然、音楽が舞い降りてきた。

 それはクリスマス・イブの夜だった。
特別な用事もなく、一人帰宅する途中、信金のある郊外の繁華街。バブルが弾けてかなり経つ日本だが、LEDの普及で、またクリスマスのイルミネーションが派手になっていた。

 信子は背が高い。そして痩せていた。多少骨張った感じはあるが、一重のアーモンドアイが印象的だ。自分では結構いい女だと思っていた。
しかし、お洒落に興味が無かった。今日もジーンズにフリース、アウターは灰色のダッフルコート、寒いのでボブカットの髪の上から無造作にニット帽をかぶっていた。

 信子は昼間の仕事のミスを思い出し、明日の言い訳を考えていた。
元々暢気な女なので、頭の中は夕ご飯のことになり、それを考えるのも面倒になって、つまり何も考えずに歩いていた。
気づくと普段とは違う道を歩いていた。それでも駅に向かっている方向なので、かまわず歩いていた。
  
 その道は今時珍しい水銀灯で照らされていた。道幅は5m程度。俯いて歩いていた信子の耳に、微かにギターの音が聞こえてきた。
顔をあげると、辻(十字路)の角にレストランとおぼしき店があった。
(あれ、なんだか)一瞬背筋に悪寒が走った。
(これはたまに感じる妖気)
信子は霊感というのか、その手の気配を子供の頃は感じやすい体質だった。
大人になってもその体質は残っており、たまにそのセンサーが発動する。
ただ、他人には気持ち悪いと思われるし、説明も面倒くさいので、誰にもその話をしていない。
実際、地元で噂されている幽霊、お寺の前のバス停で手を振る女も見ている。

 店の木枠の窓にはブラインドが下ろされていたが、室内の光が漏れていた。分厚い木の扉の中から普段聴いたことのない音が聞こえる。絞り出すような女性の歌声、それと鉄を引き裂くようなギターの音がする。
信子は立ち止まった。辻は魂が交差する場所だ。信子は妖怪などにも詳しい。一時期、ひそかに研究もしていた。

 そんな信子の後ろから声がかかった。
「あれ、信子じゃなかい、どうしたこんなところで」
 振り向くと、そこには加納がいた。
「どうも、ご無沙汰しています」信子は頭を下げた。
加納は何の取り柄もない信子の就職先を親身に世話して、信金にねじ込んでくれた高校時代の恩師だ。つまり水泳部の顧問だ。

 「どうした、こんな所で、会社の帰りか」加納は40代だが、ジーパンに黒のダウンジャケット姿で、見た目は20代後半程度にしかみえなかった。
「はい、駅に向かうところです。でもこの道は初めて通ります」
「そうか、そろそろ入社して3年、気分が滅入る頃だろう、どうだ、クリスマス・イブだし、気晴らしにここに入らないか?」と加納は信子を分厚い木の扉の店へ誘った。

 店のドアの上にある古い木製の看板には「Voodoo」とある。
「先生、ここはレストランですか?」信子は訊いた。
「いや、そうでもあるけど、ライブハウスでもある。今日はライブがある。俺も2,3曲やるよ」
変な妖気もあり、また知らない場所への躊躇もあったが、先ほどから聞こえる音楽が気になっていた。
「はい、遅くならないなら大丈夫です」と信子は答えた。

ライブハウス 
 店の中に入ると、それほど広くないフローリングの床の奥に小さいステージがあった。右手にはカウンターがあり、中央に5つほど丸テーブルがあり、周りを丸椅子が囲んでいた。

 今はまだカウンターに男が3人いるだけであった。
 ステージでは、ジーパンと赤いTシャツの上にジージャンを着た、ショートカットの女が、鉄製の古びたロボットみたいなギターを抱えて歌っていた。指にはめた鉄のパイプを切ったようなもので、ギターの弦をなぞって音を出していた。

 信子は、枯れきった大地に響くうめき声のようなギターの音、それに合わせた悲しみを堪えて淡々と歌う声に衝撃を受けた。こんな音楽が世の中にはあることに驚いていた。
  
 「どうした?」
「先生、この音楽はなんですか」
「デルタブルースというやつだ。アメリカの南部の黒人が、日々の生活のつらさを忘れるために奏でた音楽だ」
「そう・・なんですか、凄いですね」
「気に入ったかい、彼女はYOKOさんで、今リハーサルをしている曲はクロスロードだ」
「クロスロード?」呟く信子の目の前に、容赦なく照りつける陽射しの中、乾いた白い土地の上でクロスする埃っぽい砂利道が広がった。
信子はコートも脱がず、立ち尽くしたままその音にからめ取られていた。
  
******

 アメリカ南部だろか、綿畑が広がる大地、その大地を突っ切る砂利道の先に十字路が見えた。
その十字路に1本だけ大きな木があった。光が降り注いでいる。
その木陰の下、地べたに座り、ギターを弾き歌う女がいた。

 しばらくすると木の黒い影が動き、黒スーツの男が現れた。真っ黒なサングラスをかけているのでその表情は読み取れない。
女は歌を止めて顔を上げる。二人は少し言葉を交わすと、その男が手に持っていた鞄から1枚の紙を取り出した。女は紙を受け取ると、男の鞄を下敷きにして、その紙にサインをする。

 その紙を受け取ると男は笑った、白い歯と赤い喉が見えた。それは赤いバラの花のようだった。男は笑いながら、女の肩を軽く叩くと、木の陰が作る暗闇に消えていった。

 女はまた歌い出した。その時、女の瞳が青く輝く、その光が信子を捉えた。信子は目を外せない。
「助けて!」叫びが聞こえた。

******

 気づくとYOKOの演奏は終わっていた。YOKOは立ちつくす信子を見つめていた。
「信子、なにボーッとしている。ここだ」
加納はすでにカウンターに座っていた。気を取り直して、加納の横に信子は座った。

 信子は瞬間的に人や物と共鳴してハイコンテクストの世界に入ることがある。感覚的に長い時間に感じるが、それは時間としてせいぜい30秒くらいだ。久しぶりにその状態へ陥ったようだ。

 「取りあえずビールでも飲もう、飲めるだろう?」と加納が言う。
「ハイ、喜んで」信子は遺伝なのか父親と同じくアルコールに強かった。当然酒も好きだ。
 
 その日は、ビールとアメリカ南部独特の豆料理を食べながらライブを楽しんだ。YOKOや加納達は、信子でも聴いたこのあるカントリーを演奏し歌っていた。お客さんも楽しんでいた。

 結局、リハーサルのブルースは1曲もやらなかった。加納はその理由はうけないからだと言っていた。
「聴いてもらえての音楽だからね」
その通りだけど、信子は気持ち的には不完全燃焼だった。
でも音楽はいい。そう思えただけでも少し得した気分になった。明日から元気に社会へ行けそうだ。

クロスロード
 信子はライブ後、まだ飲むという加納に礼を言い、駅に向かう。
電車の中で座れた信子はスマホを取り出した。
「クロスロード」と検索した。
エリック・クラプトン、流石に名前は知っている。このクロスロードには原曲があった。ロバート・ジョンソン、黒人のブルースシンガーだ。彼は伝説になっているらしい、映画もある。ベスト・キッドで主演したラルフ・マッチオが出ている。
これは観ないと、帰宅してから、パソコンを使ってNetflixで探した。あった。
 
 映画クロスロードは、スタジオで、背を向けたままクロスロードを歌うロバート・ジョンソンのシーンから始まる。
物語は伝説のブルースマンことウイリー・ブラウンとクラシックギター奏者でブルース好きのユジーン、つまりラルフ・マッチオがギターを片手に幻の楽曲「ロバート・ジョンソンの30曲目」を探しに行くというロードムービーだった。全編にブルースが流れている映画だった。その音楽に信子は惹かれていった。心の中の琴線に触れたようだ。
 
 その日、信子はSNSで加納にギターを買って練習したいと連絡した。夜遅かったが、加納から直ぐに返信が来た。

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 <ライブハウスでの顔を見ていて、そう言うと思っていたよ。ギターだけど、俺の使わなくなったものを貸してあげる。明後日の夜7時頃、あのライブハウスで渡すよ。そこはライブがないときは普通のレストランだ。レンタル賃は飯でもおごってもらうよ>

<有り難うございます>
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その翌日
 信子はその日も普段と変わらない仕事を終えた。しかし、帰宅した信子の気持は上向きだった。一戸建ての自宅に親と同居している信子は、風呂に浸かりながら、YouTube で聴いたブルースブラザーズ版のスイートホームシカゴを大声で歌っていた。

 信子はリズムも歌詞も正確に歌っていた。その凄さに本人はまだ気づいてない。
「うるさいぞ!」父が風呂場へ怒鳴った。
時計を見るとすでに夜の11時だ。
ちなみに信子の父は放置教育を今でも成功したと思っていた。
 
 風呂を終えたが、興奮して眠れない。
信子は、YOKOさんの演奏を思い出し。YouTubeで検索をした。
「YOKO ブルース」
幾つかヒットした動画の中でトップに出てきた動画があった。

 それは、昨日行ったライブハウスでのリハーサルの動画だった。
歌も演奏も凄く上手い。信子は見たこともないアメリカのデルタ地区、その土の匂いと黒人達の悲しさを感じた。 
YouTubeの再生回数がアップされて6時間しか経ってないのに10万回を越えている。 
(なにこれ・・凄くない、でもなんか変)
信子はこの動画に何となく違和感を覚えていた。

バラの香りのするギター
 今日は加納がギターを持ってくる日だった。
仕事が終わると待ちきれない思いでライブハウスへむかった信子だったが、今夜は妙に人が多い。
ライブハウスに近づくとさらに多くなった。ライブハウス「Voodoo」の前は人だかりが出来ており、店の前の狭い道は車が通れないほどになっている。
後ろを見るとさらに人は集まってきている。

 信子は隣にいたジーパンにフリースを着ていた学生風の女子に話しかけた。
「これって、なんでこんなに人が集まっているの?」その子は不思議そうな顔をして言った。
「YOKOさんのライブがここで今日あるの、ネットで拡散されて、それで集まっている。昨日1年ぶりにYouTubeにここでの演奏がアップされたの」
「ええ、知っているけど」だからと言ってこの人だかりは異様だ。

 そんな信子の肩を叩く男がいた。加納だった。
手にはギターケースを持っていた。加納も困惑顔で信子に訊いた。
「これはなんの騒動だ」
「さぁ」信子は説明が面倒だった。
「しょうがない、他へ行こう」加納は押し寄せる人を避けながら駅の方へ歩いていった。
信子はこのお祭り騒ぎに興味もあったが、ギターを貰うため取りあえず加納の後を追っていた。
 
 駅前のスペイン居酒屋に入り、生ビールと生ハム、パエリアなどオーダーして、落ち着いたところで、加納が話だした。
「あの混みようはなんだろうね、今日、ライブはないと聞いていたけど」
生ビールを半分ほど干した信子は、鼻の下に泡を付けたまま言った。
「違いますよ、YOKOさんのライブがあると聞きました」
加納は困惑した。
「いや、それはない。彼女はアメリカだ。今朝の飛行機で旅立ったはずだ」
「アメリカですか?」
「そう、長年の夢、ニューオリンズでのオーディションにむかったはずだ」
「本当ですか」信子は珍しく考え込んだ。それを見て加納は笑った。
「後でマスターに聞いてみるよ、それよりギターだ」

 加納は信子が座っている長椅子の上にギターケースを置いて言った。
「開けてみて」
信子は、慎重にケースを開ける。その時うっすらとバラの香りがした。まだ新しいギターだった。
「信子は手も長いし、背も高いから、ドレッドノートでも大丈夫だと思う。メーカーはヘッドウエイ。トップはスプルース、バックとサイドはローズウッドの単板だ。ライブ用にピックアップも付けてある」
信子はギターに顔を近づけた。
「これ、何となくバラの香りがする」
「材木の香りだ。だからローズウッドと言う。ギターに使われる高級な木材だ。ちなみにこのギターは20万円以上する」
値段に信子は驚いた!
「えーっ、本当ですか、有り難うございます」
「おい勘違いするなよ、貸すだけだからね、一緒にあるノートに取扱とメンテ方法を書いておいたから、わからなかったら俺に聞いてくれ、とにかくがんがん弾いてかまわない。ギターは弾くことで成長する。多少の傷は気にしなくっていい」
「ハイ!」信子は学生のように大きな声で返事をした。 

 信子はその夜からギターの練習を始めた。楽器の練習方法は当たり前だけど、基本練習の積み重ねだ。1万時間の法則。スポーツ、楽器などをひとかどのものにするには、定説として1万時間の練習が必要という。
仮に1日平均約3時間練習に費やしても10年かかる。つまり10代から活躍する選手は幼児から練習を始めていることになる。

 信子は今21歳、31歳までかかることになるが、一つ有利な点がある。彼女は歌える。これは、ほぼ素質に左右される。そんなことも知らず、とにかく練習に励む信子であった。

正月から忙しい
 会社も年末休みに入り、実家暮らしの信子だったが、家の大掃除も手伝わず、部屋に引き籠もっていた。ちなみにYOKOさんの動画はその後削除されたらしく、あれ以来1度も見てない。またアカウントも削除されたのか、関連動画の全てが消えていた。
元来おおざっぱな性格な信子はそのことに関して加納に聞くこともなく、ギターの練習に集中していた。

そして、何時ものように大酒飲みの父親と一緒に酒を飲み、紅白歌合戦を観ながら平穏な新年を迎えた。

 1月2日、信子はスエットパンツとフリース姿でソファに寝転んでいる。少々二日酔いで頭は曖昧模糊としている。居間には信子しかいなかった。
母親と父親は母方の実家に新年の挨拶に行っている。
信子には兄もいるが、近所のアパートで一人暮らしをしている。
テレビでは東洋大学が箱根駅伝の往路をトップでゴールした。
「どうした靑山学院」そんなことを言っていた時、脇に置いたスマホにメッセージが届いた。

 メッセージは加納からだった。
---------------
<今、出られるか? 実はYOKOさんの件なのだが、少し話したいことがある>
<ハイ、大丈夫です>
<駅前のスタバで待っている>
<了解です>
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 信子は思考停止状態なっていたが、着替えるために自分の部屋に戻った。
「立ち眩みが・・」と呟く。
 取りあえず、ジーパンにハイネックとお気に入りのパタゴニアのフリース、アウターは薄めのダウン姿で、駅まで歩いた。
 スタバの大きな窓から加納の姿が見えた。加納も脱いだアウターがフィールドコート以外は信子と同じような格好だった。

ブードゥー
 カフェオレを手に持って信子が席に着くと加納は話を始めた。
「さて、どこから話そうかな、まずYOKOさんはあの日から行方不明だ」
「行方不明?」まだ二日酔いの信子の頭にはピンと来ていない。

 あの日、信子と加納がライブハウスに行き着けずに帰った日、その日にYOKOのライブはあったのだ。シークレットライブだったそうだ。
あのYouTubeの動画で告知していたそうだ。ボーッと生きている信子はそれを見落としていたのか、いやいやそのような告知は無かった。

 「先生、あの動画にそんな告知はなかったですよ」
「君が見逃したのだろう、そうでないならあの人だかりはおかしいだろ」
「と言うより、そこまでYOKOさんは有名なのですか?」
加納はそれを聞くと少し間をおいて言う。
「そうだなぁ。一部のブルース仲間にしか知られてない、まあいいや、まずは話を聞け」

 YOKOさんはライブの日にアメリカへ行く予定だった。でも行ってなかった。当然、現地の関係者からマスターへ連絡が入ったそうだ。
そして今どこにいるのか分からないのだ。

 ただ、何故か君に手紙を残したそうだ。マスターがライブの後、加納さんが連れていた女の子にこれを渡してと言われたそうだ。
「これが手紙だ、当然開封してない」加納がテーブルの上に白い封書を置いた。
「これですか」幾分頭もしかりしてきた信子は手紙を手に取ると、べったりとのり付けされた封書をびりびりと破いた。
手紙はA4一枚切りだった。信子は読み始めた。
そして読み終わった手紙を加納に渡した。

******
ノブコさんへ
 あの夜、貴方はあの出来事を見たはず。でもそれは忘れてください。
知らないと思うけど、音楽には呪術的な側面もある。あの日は繰り返すビートの中にメッセージを織り込ませていたの、殆どの人は共振しないけど、貴方は気づいた。
おそらく、あまたは、その種の波長を感受する体質だと思う。
実は、それで狂いが生じている。
 理由は言えないけど、あの日見た事は忘れてください。
またもし、そのことを誰かに話したら、貴方もそれを聞いた人も私と同じ運命を辿ることになる。それはブードゥーの呪、とても危険。だから約束して、お願い。
 YOKO
******

 加納は手紙を信子に返すと、腕を組んで考え込んでしまった。
暫く、ずるずると音を立ててカフェオレを飲んでいた信子が、拳で手の平をたたき言った。
「あっ、思い出した、あの時、私あの道を見ました!」
「こらっ、しゃべるな!」目を見開いて加納が怒鳴った。
「お前は脳みそがスズムシだな、よくここを読め」手紙の中の文章に指をさした。
(またそれを誰かに話した時、貴方もそれを聞いた人も私と同じ運命を辿ることになる。そそれはブードゥーの呪、とても危険。だから約束して、お願い)

「よく考えてから話せ。俺はこの手紙を読んだ、つまり信子と同じ運命になった。これ以上問題を増やすな」
「では、最低限の質問です」軽く手を挙げた信子言う。
「なんだ?」
「まず、ブードゥーの呪、これはなんでしょうか?」
加納は腕を組み直し偉そうに言う。
「そうだな、まずのあのライブハウスの名前がブードゥーだ」
「へぇー、あの看板はそう読むのか、知らなかった。それって英語ですか?」
「英語ではない、元々ハイチの原始的な宗教の名だ。あのさぁ英語教師の俺に訊くより、そのスマホに訊いた方がはやいだろう」
「ハイ」

 加納は早速検索を始めた信子を見ながら、バックから手帳とペンを取り出した。
「信子、調べた内容を言ってみて」
「西アフリカのベナンやカリブ海の島国ハイチやアメリカ南部のニューオリンズなどで信仰されている民間信仰だそうです。うーん、精霊とか憑依、ゾンビなど、結構怖い写真も多いですよ。内容も難し過ぎてわかんないです」
加納はまた腕を組み見直すと考え込んだ。これは追い詰められ時の加納の癖だと信子は知っていた。

 「先生、どうします?」さらに追い詰める信子。
「とりあえず、保留、ちょっと調べてみるから、その間はこの話と手紙のことも誰にも言うな。手紙は、お前信用できないから、俺が預かっておく」
「助かります。家には親父という危険人物がいるので」そこはスルーして加納が訊いた。

「それで、信子、ギターはどうだ」
「まだまだかな」
「しかし、昔から、お前は歌が上手いだろう。直ぐ上達するよ」
「有り難うございます」
そこでお開きとなり、信子と加納はスタバを出た。

 外は寒そうな青空が広がっていた。
「空が青いなぁ」と言う信子に加納は、
「もしかすると、お前さぁ」
「何ですか?」
「いやいい、また連絡する」と言い足早に去っていた。

 加納の自宅は、信子の使う駅から3つ先にある郊外の閑静な住宅街にある。一戸建てだ。そこに1人で住む。
この家は元々加納の実家だが、駅から遠い。歳取った親は利便性のため駅近くのマンションへ引っ越していた。

 信子と別れた後、「ブードゥー」のマスターの池上に手紙を信子が読んだことをスマホで連絡した。すると池上はその件で相談したいことがあると言う。加納は夕刻の開店前にライブハウスで池上と会うことにした。

ブードゥーで再び
「彼女とは連絡がつかない、携帯電話が通じない」
池上は顎髭を生やして、髪はロン毛で、それを後ろで束ねている。髭と髪には白髪が混じるが、年齢不詳だ。
「そうですか」と言うと加納は出されたコーヒーを飲んだ。

 池上は考え込んでいる。
「加納さんは手紙は読んだの」
「いや、読んでいません」
「そうか、彼女、信子さんは手紙を読んで、なにか言っていました?」
「その場で読まず持ち帰りました」嘘を言う加納。
「うーん、そこに何かヒントがあればと思ったけど、実は、YOKOさんはまだ日本にいる。ただね、羽田から飛行機には乗っている」
「では、国内の何処かへ行ったということですか」加納は驚いた。

 池上は顎髭を手でなぜながら言った。
「沖縄さぁ、行った場所は予想がつく。そこで頼みなのだが、加納さんと信子さんとで、沖縄へ行ってもらえないか、俺は心臓病があり飛行機に乗れないし、どうも信子さんがこの問題を解く鍵となる気がする。どうだろう。今週末にでも、旅費も含め金は俺がだす」
加納は即答した。
「わかりました」
そして沖縄のある人物を思い出していた。

 加納はこの沖縄旅行が予想外の冒険となる。そんな予感がした。またそれに信子がどう絡むのか、彼女は水泳部の顧問時代から、変な子だと感じていたが、事件に巻き込むにも少し怖さがあった。
でも、沖縄と聞けば二つ返事だろう。それは確信していた。

 「沖縄ですか、今週末から、取りあえず火曜日まで休みを取ります、はいはい、分かりました」
加納からの電話をスマホで受けていると、隣に父がいた。
「ほーっ、沖縄か、真冬に沖縄か、いいなぁ」とぶつぶつ言っている。
「で、誰といくの?」
ここで本当の事を言うべきか悩んだが、この親父には嘘を言っても無駄だった。普段はアホだが、かなりの情報網を持つ男だ。
「年上の男と行く。恋愛関係は全くない、仕事だよ」と正直に信子は言った。
「・・・」しばらくの沈黙後。
「残念だったなぁ」少し怒りが沸いた信子だった。

沖縄
 飛行機は既に九州の上を飛んでいた。
窓際で雲を眺めていた信子、飛行の機内は正月休みも過ぎていたので空いていた。
一つ席を置いて通路側に座る加納に信子は言う。
「もう一杯飲んでもいいですか?」既にビールを一缶飲み干している。
「どうぞ、自分で払えよ」
「(^o^)/ 了解です」
「信子、マスターから何か聞いてるか」
「いいえ何もきいていません」
「実はさぁ」少し言いよどむ加納。
「ハイ、何でしょう」CAが持ってきた缶ビールに口をつける信子
「YOKOさん、彼女の実名は新城洋紅、母親はGIベビーだ」

続く

別の青春小説 リアルな1970年の高校生活だ。
1970年代、高校生の全てだったバイク、ナナハンと生きる青春物語 
猫殺し編 
東名ESAの暴動編  全10話。



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