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ナナハン物語(猫殺し)第四話 1970年代を生きる少年達、ナナハンはスモールワールドに生きる少年の唯一の力だった

深夜プラス3 (深夜プラス1 ギャビン・ライアル)

猫殺し再び
猫殺しと言われる男、かなり疲れているようで息も荒い。
「サンキュー、バイク、助かったよ。あんたらも幽霊探しかい?」
「まあね」高木が答えた。猫殺しはそのまま仰向けになり言った。
「やっと幽霊の正体がわかった。教えてあげるよ、だけど俺の家まで来てくれないかな」
「お前さ、バイク乗れんのか、それと一応病院へ行った方がいいんじゃねぇかぁ」斉藤くんがあくびをかみ殺して言った。高木も斉藤くんも緊張が取れて眠気が訪れていた。

「大丈夫だ。俺の家は病院だよ。それとまだバイクは乗れる」
「あっそー、じゃあ薬とかやりたい放題かぁ。いいね、よし行こうぜ高木」
「わかった」斉藤くんはなに考えているか全くよく分からないが、とにかく行くことになった。

病院へ
 猫殺しはマッハ3に乗り、高木達と、町田市にある病院へ向かった。
真夜中に病院に着くと、看板の灯りのした病院名が読めた。
「山路整形外科」
意外と大きな病院で、入院患者もいるようだ。
そして、猫殺しの名前は想像通りに病院名の性がついた。
山路明」浪人生、それも2年目で医学部狙いだった。
高木は年上なので山路さんと言うことにした。それにしても周りが先輩だらけだ。それでも斉藤くんには、さんはつけない。当然だった。

山路さんの部屋は病院の裏のアパートだった。親の経営らしい。それほど高級ではないが4畳半とキッチントイレ付き。浪人の癖に優雅なものだと高木は思った。
山路さんはつなぎを脱いで、Tシャツとジーパンに着替えた。シャツにはTerm KAWASAKI のロゴが入っていた。
山路さんはコカコーラの瓶を冷蔵庫から3本出して栓を抜いた。
オシャレなガラスのローテーブルの上に瓶を置いた。
「ビールでなくて、ごめん」
「アンタさぁ、俺らはバイクだぜ」
いやそうじゃなくって、俺たち未成年だろうと高木は思った。

猫は殺してない
山路さんはコカコーラを一気に半分くらい飲むみ。そして話を始めた。
「まず、俺は猫を殺したことはない、実家には猫が3匹いる。可愛がっている。
一度、家の猫が喉に何かを詰まらせてしまい、家の外で力の抜けた猫の喉に手を入れていたところを、バイク仲間に見られて、いつの間にかそんな話になった」
「まあ、そんなところだろ」斉藤くんが偉そうに言う。
「そうだね」と高木も同意する。

この1970年代、連絡手段が口答しかない、さらに家の固定電話と公衆電話だけだ。
高校生の世界は学校と地域の噂と妄想が蔓延る。幽霊も英雄も超美人も混在している特別な世界だった。
猫殺し改め山路さんが細い眼をさらに細めた。そして話し始めた。
「実は」
「で、なんだよ、早く言えよ」斉藤くんがうるさい。

 幽霊の正体
 実際に土曜の深夜、奥多摩トンネル前のカーブで、バイクで転倒したタンデムのカップルはいた。それは単純な単独事故で、幽霊とは無関係だ。
しかし、その事故には目撃者がいて、面白半分に幽霊絡みの事故だという噂話を流した。
それは暇な噂話好きのバイク仲間に一気に広まった。それだけならよかったのだが、その事故を目撃した男達がさらに悪ふざけを始めたのだ。

幽霊を確かめに走りに来たライダーに、カーブの途中でサーチライトを浴びせた。こんな程度でも、へたくそなライダーはパニクって転ぶ。
その後、カーブの入り口にオイルまくなど、悪ふざけはエスカレートしていた。

山路さんも一度オイルに乗って転びそうになったそうだが、抜群のテクニックで切り抜けたと自慢する。
「はい、はい」と斉藤くんが促す。
山路さんは相当に腹が立った。そこで、犯人を確かめて、お仕置きをしてやおろうと思い、奥多摩に通っていたそうだ。
そして先週、ある情報を得たのだった。

山路さんは先週の砧の集会において、246で転んだ。高木と齋藤くんはそれを目の前で目撃している。その時、バイクを壊した山路さんを乗せて走った仲間がいた。
その時、バイクを走らせながらそいつから聞いた話だった。

「山路、お前が探している奥多摩の幽霊だが、俺、知ってるぜ」
「ホントか!」
「ああ、ショボいチームのやつらだ」
そいつが言うには、その幽霊達が奥多摩にまた行くと言う。
「で、山路、どうする」
「やるよ」
「そうか、じゃあ俺の話は聞いてないってことで、よろしく」
「分かった」
そこで秘策を持って、山路さんは奥多摩に向かった。

秘策
そこまで聞くと、斉藤くんが不満顔で聞く。
「なんだよ、その秘策って」

その秘策とは山路さんが幽霊バイクを走らせることだった。
そして、悪行を働いている奴らを怯えさせて、隠れている場所から逃げ出させる。
その時、相手を確認して、仕返しはまた後で考える予定だった。

なんかツメが甘いような気がすると高木は思った。

方法は単純だった。
山路さんが奥多摩トンネル前の下りの直線路でバイクから飛び降り、待ち伏せしている奴らの前に無人のマッハ3を走らせる。
2サイクルエンジンのマッハ3はエンジンブレーキが効かない。そのためアイドリング状態だと坂道をある程度の速度で下っていく。

思惑通りに、それを見た奴らは、本物の幽霊バイクだと勘違いして、慌てて隠していたバイクに乗って逃げ出した。
山路さんはマッハ3から飛び降りた時、多少ダメージを受けて路肩でうずくまっていた。
その山路さんの脇を猛然と走り抜けていったバイク2台。
そのバイクにはあるバイクチームの看板が風防に張っていた。高木もよく知っているチームだ。バイクの種類も色もよくわかった。ピンクと黄緑タンクのCB500だ。

一方、マッハ3はアクセルが戻りトンネル前で倒れて止まると思ったら、止まらずにトンネルへ走り続けていた。そこで慌てて、追いかけたのだ。
その後は高木達が知っている通りの顛末だ。
 
さらに謎が深まる
 そこまで聞いて、腑に落ちないのか、斉藤くんが言った。
「でも、理由はそれだけじゃないだろう、あんたみたいな男が、そんな程度の理由でバイクから飛び降りるような危険を冒すかはずがない」

山路さんは残りのコカコーラをまた一気に飲むとキツネのような目を細めた。
「へーっ、見かけより感がいいね君は」
「うるせーぇなぁ、何が君だよ、俺はダブりだよ!」留年をえばる斉藤くん。
「わかった、わかった、怒るなよ、実はなぁ、最近起きた奥多摩の幽霊の事故、怪我したカップルのうち、女の子の方が出血多量で危うく死にそうになった。
あの幽霊野郎がすぐに危急連絡をしなかったからだ。
バイクを運転していた男の方は頭を打って意識をうしなっていたし、本当にやばかった。たまたま走ってきた乗用車が止まってくれ、近くの公衆電話まで走り、救急車を呼んでくれたので、女の子は助かった。本当に危機一髪だった」

「え? その事故で男が死んだと聞いたぞ」高木は聞いた。
「いや、たいしたこと無い、ただの脳震盪だ。コーナー中の転倒はあまりスピードが出てないから死なないよ」
「じゃあ、何で女の方はやばかったの」斉藤くんが口を挟む。
「それは、転倒時に、バイクの何処かの突起で手首を切っちゃたんだ」
「それはやばいな」高木が言う。
「まあね、発見した人が看護師で、止血をしてくれて助かった。打撲もあるので、今家の病院に入院しているよ」

「山路、お前やけに事故の詳細を詳しく知っているな、それとなんでこの病院にいるんだ」斉藤くんが詰問した。
「ああ、だって、その子は俺の妹だよ」
そこまで言うと、山路さんは黙り込んでしまった。

斉藤くんは驚いた顔をしている。1分くらいの沈黙の後、口を開いた。
「妹って、亜子の友達のリナちゃんか」
「そうだよ、あんたの事はよく聞いているよ」
「え、リナって子、斉藤くんの知り合い!」高木は驚いた。
 一方斉藤くんはこれを機に黙り込んでしまった。それもかなりご立腹のようだ。
 
亜子さんの嘘
 高木は亜子さんの話を思い出した。
「その後、現場に行って行方不明になったってカップルがいったって、亜子さんから聞いたけど、そのカップルはどうなったの?」
「それさぁ、俺と亜子だよ。つまり亜子の作り話だ」真顔で斉藤くんが言う。

「何故? わからないよ」と高木は頭をかきむしる。斉藤くんが話しを続ける。
「リナと亜子は高校が同じで友達だ。で、俺のバンド仲間でもある」
「アーユーアンダースタンド?」
「真面目に話せ」と高木は怒った。

「怒るなって、だから仇討ちで奥多摩に行ったカップルは俺と亜子だ。しかし、何も起こらなかった。俺はまぁ興味をなくした。
そこで、亜子は嘘をついてお前を動かし、奥多摩へ行く気だったのだろ」
高木は少しムッとしたが、ようやく合点がいった。そう言えば、亜子さんが奥多摩の幽霊バイクの話をするとき、何度も躊躇している感じがした。

それより、亜子さんと斉藤くんはやっぱつき合っているのかと落ち込む。
その高木の落ち込みに勘の良い斉藤くんは気づいた。
「アホ、俺と亜子はつき合っていないぞ、安心しろ」

深夜プラス3 
であれば斉藤くんのご立腹の原因は何だ。
冷静になった高木は気づいた。
「そうか、リナさんが好き・・」そこまで高木が言うと、斉藤くんは思い切り高木の頭を叩いた。
「痛いなぁ、でもビンゴだろう」
「ウルサい、ともかく犯人を捕まえて、ぼこぼこにしようぜ」と必死にごまかす斉藤くん。
「斉藤くん、やろうぜ」高木も亜子さんが絡むのでやる気満々だった。
「おーっ、やってやろう、おい、山路、もっと詳しく教えろ」
深夜のアパートに斉藤くんの大声が響いた。

壁にかかっている鳩時計を見ると午前3時を指した。
「ピッポ、ピッポ、ピッポ」と鳩が飛び出して3回鳴いた。
「深夜プラス3」ハードボイルドな高校生活だった。


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