雀のメモ帳 極楽スキー
先だって、1987年の社内旅行で実行したスキーツアー。その顛末をNoteに書いたが、その内容において、おそらく今時の20代、30代では、
「ちょと何を言ってるのか分からない」だろう。
何故なら、今のスキーと当時のスキーとでは若者の価値感と期待感が全然違う。
TVドラマ「不適切にもほどがある」と同じ時代だから、あのドラマを観てもらえれば多少は時代の雰囲気は分かるかもしれない。
あの時代、スマホどころか携帯電話もない。若い子達(結婚適齢)が知り合うにはどうする。「ちょめちょめ」するにはどうする。
スマホのマッチングアプリもない。連絡するには固定電話しかない。
さて若い子達はどうやって恋人を作ったのか、当時のオーソドックスな方法として、色んなイベント、遊びに顔を出すことだった。
社内旅行、忘年会、運動会、何でもかんでも顔を出す、大学では合コンとかが盛んだった。とにかく異性の視界の中に入ることが必要だ。
そしてその王道がスキーだった。
そのスキーがピークの頃、1987年に社内旅行がスキーツアーだ。その社内旅行に女子社員の友達と言うだけで、違う会社の女の子が参加する。それは理にかなった事であった。(文句はでない)
車と音楽
スキーには車がいる。そして、それなりの車と、それなりのノウハウと、それなりの運転技術(MT時代)、さらに地図を読む力がいる。今のようなフルタイム4WDでAT、電子制御、安全装置付き、カーナビ付きの車ではない。
車で音楽を聴くにはカセットテープ式のカーステレオしかない。スマホのサブスクで彼女に楽曲を選んで貰う事は出来ない。
男はカセットでベストテープを作る。そこから流れだす音楽のセンスが問われる。その為、ラジオで音楽を聴き勉強する。今ではベストソングをAIに聞けばなんでも探してくれるが、それは出来ない相談だった。
女の子もさりげない運転のバックアップ(缶コーヒーを開けて手渡すなど)と眠気を覚ます会話能力が必要となる。
この曲好と言える程度の音楽センスも必要。またオシャレも最低限は必要となる。スキーもほどほどに上手くないと楽しめない。
こんな風に男も女も頑張って努力していた。
そうやってスキーは人生最大のイベントとなる。
そしてスキーブームとなった。
今でも過去の栄光を引きずる爺さん達が観ている映画がある。
「私をスキーに連れてって」1987年11月公開 ホイチョイ・プロダクション原作、原田知世主演だ。
音楽は「サーフ天国、スキー天国」荒井由実 松任谷かな。
スキー場も今と違い、ボーダーがいない。スキーはノーヘル。カップルが楽しめるのがいい。ストイックにカービングを続けたりはしない。
それと同時発売された本もあった「極楽スキー」これもホイチョイ・プロダクション。
軟派スキーの極地、見栄講座を展開していた「極楽スキー」
手元にありました。懐かしい。
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