見出し画像

社内旅行の思い出 それほど悪くない

 1989年 この写真はフィールドストリーム(アウトドア雑誌・廃刊)に掲載されたものだ。会社の仲間とキャンプしていた時に取材された。
カヤック、マウンテンバイク、ウインドサーフィンと遊び道具を目一杯持ち込んでいたので目立ったのだろう。

 中堅社員
 33才となった私。すでに中堅社員になっていた。その頃仕事とは別に社内旅行の幹事を引き受けていた。
今時の若い人達が嫌いな社員旅行だ。もう旅行自体が存在しない会社の方が多いかもしれない。でも当時は意外と人気あるイベントであった。

 ちなみになんで嫌うのだろう。
「面倒くさい、時間の無駄、上司に忖度、面白くない」
そんな言葉をネットで見る。
その声が大きいから、情報過多の若者は経験することもなく、真に受けるのだろうか?
世の中、なんでもそうだけど文句の声は常に大きい。一方、面白かった人は何も言わない。

1989年秋
 私達の会社では社内旅行の実施季節は秋が多い。春、会社というのは人事もあり落ち着かない。夏は各自の用事が多い。
最近は景気がいいのか事業部に若い社員が多くなった。体育会系の後輩が多いので、よく動いてくれるので有り難かった。

 私は社内旅行の企画をJTBなどに丸投げはしない。旅行会社の社内旅行案ほどつまらないものはない。
昨年は伊豆高原へ1泊2日旅行。箱根ロマンスカーとローカル線を使った列車での旅をした。
ロマンスカーに団体で乗って、崎陽軒のシュウマイ弁当とビール。定番すぎて直ぐに盛り上がる。
「シュウマイ弁当だけど、このタケノコの煮物、これが美味い」
「紅ショウガと昆布で飯が食える」

 1日目は観光というハイキングする。日頃からだを動かしてなくても、途中で漁港に寄ったり、自然の景色を見ているとあまり疲れずに歩ける。人間自然の中で歩いて、適当な会話をしていると気持ちが晴れ晴れしてくる。
伊豆の海は気持ちいい。断崖で佇む事業部長、何を思うかだ。
夜の宴会、金一封も出ているのでビンゴ大会もやる。これは景品をケチらずにやる。

 翌日はほぼ自由行動で、釣り、テニス、サイクリングとジャンル分けをして遊んだ。
おっさんらは釣りやゴルフが趣味という方が多いので釣りへ、元気な若手はテニス。
特に体を使いたくない人達は散歩と買い物。総勢20人程度だったが、全員が楽しく遊んでくれた。

 私が幹事の時は、後輩達に色々と幹事の仕事をやって貰う。
ホテル選び予約、電車の指定券手配、駅弁(この時はシュウマイ弁当)の手配。ドリンクの購入。全て電話するか、現場へ行って手続きする。この時代ネットはないから。全て人との交渉ごととなる。これが後に仕事にも役立つ、また若手の本来の姿が見えるので、私も参考になる。
「いい加減に本音だせよ」となる。
ちなみに難しい部屋割りは、私がやっていた。
「文句は言わせない!」

 幹事は仕事でもないし面倒くさい。しかし人との折衝は、上手くいくと、それが気持ちを活性化させて楽しさを倍増する。なんでも受け身で遊ぶのはつまらない。
上司のおっさんらは、適当に騙して、おだてって扱えば文句も言わない。
でもね、今思えば、知っていて黙っていたのだろう。そんな大人の対応をする上司だったかも知れない。

スキー旅行
 私の幹事で一番すごかったのは、冬場の温泉・スキーの社内旅行だ。
温泉とスキー、場所は草津にする。
バスは大型1台をチャーターする。何人乗っても値段は同じ。出来るだけ参加者を集めれば1人当たりの旅費は下がる。後、4,5人増やしたい。
その時、旅行企画に参加していた庶務の女の子が提案した。
「私の高校時代の友達を誘っていいですか?」
他社の社内旅行に来るわけがないだろうと思い、適当に返事をする。
「いいんじゃない」
 翌日
「草津へスキーだと言ったら、大喜びで、4人来ます」
「えーっ!大丈夫かな」幹事を一緒にやっていた後輩が言う。
「庶務課の女の子だと言えば、おっさん達、わかりませんよ」
「そうだな」

 今回は草津温泉・スキー旅行なので、老若男女全員参加+4人となった。
バスは金曜の夜0時に会社前から出発する。

1日目
 朝からスキー、スキーをやらない人は雪景色の草津と朝風呂(温泉)を堪能してもらう。飲んでもよし、でも自腹で。
私はスキー側だったので、スキー以外で何やっていたかは知らない。
ただ、スキーにも問題があった。70近い爺さんとスキーが初めてという秀才の中国人(東大出)のコンビが、山の上まで来てしまった。
大学の後輩のSが
「俺が面倒みます」と言ってくれたので、丸投げしたが、昼頃戻ってきたSが言う。
「2人とも雪だるまでした。でも楽しそうでした」

スキー人口マックスの時代

宴会
 流石に、新顔の女の子に気づいた事業部長、
「あの子達は何処の子だい?」と質問。
「庶務課の女の子です」
「ふーん、元気いいいね」
それはそうだ、おっさん達にお酌はする。隠し芸をする。コンパニオン並の活躍で大盛り上がりだった。
それを見ていたかなり酔った営業部長が言う。
「君さぁ、コンパニオンまで呼んで、予算大丈夫?」本当に勘違いしている。

 宴会後、Sが明日の予定を確認しに事業部長の1人部屋へ行った。ノックしてドアを開けると、有料(お色気)ビデオを鑑賞中の事業部長と目が合ってしまった。
黙ってドアを閉めて、静かに廊下を去るS。
Sからその話を聞いた平べったい顔をした先輩が言う。
「お前、終わったな、来月飛ばされるぞ」

真夜中の温泉
 今更だが、スキーに行ったメンバーは温泉に入ってない、入る時間もなく宴会へなだれ込んだためだ。
Sが提案する。
「外に大きな共同温泉があります、そこへ行きましょう」
「いいねぇ雪見風呂、行こう、行こう」男5人で雪のなかへ出て行く。女の子はホテルの温泉へ行った。
温泉へ入るのだから、皆、下駄と浴衣と半纏姿。つまり薄着で外に出る。気温は0度以下だった。

暫く歩いて温泉に着くと
「なんか閉まっているぞ」
「あっ! 9時に終わっている」
「寒いぞ、死ぬぞ」と皆が騒ぎ出す。
Sが湯気のでている小川みたいな所を指す。
「ここ、入れそうですよ」

皆、寒さで限界なので、裸になって入る。
「あちぃ」体が冷え切っているので熱い。でも出ると寒い。
ようやく慣れると、背中にビニール袋がある、足元にはビールのプルトップが落ちている。なんかゴミが目立つ。
「お前、ここ下水だろ」とSが責められていた。

 このSだが後に支社の所長までになっていた。ミスはするが自分から行動する男だった。
その後、ホテルに戻り、女の子も含めて2次会で大盛り上がりだった。

月日は経ち2024年2月某日
 会社絡みの後輩、2人(TとN)に渋谷に呼ばれて飲む。妻も是非というので一緒に行く。
妻はあのスキーツアーに友達を呼んできた庶務さんだ。

 妻と私は当時から一緒に遊んでおり、この2人もよく遊びにつき合ってもらった。
Tとバイクで林道ツーリングしたとき、私は足の甲を骨折し、折れたままバイクに乗って帰ったこともあった。あの激痛は忘れない。
「あの時は、すみません」とTが言う。
スキーも行ったし、とにかく大いに遊んでいた。

 Tは入社4年目で会社を辞めて、地元北九州へ帰った。Nは大企業の統廃合の荒波に揉まれているが、いまは出張だらけだ。
私は入社20年目で、企業した会社へ転職した。
2人が未だに、私が「どんな仕事をしていたのか知らない」と言う。
社外の遊びで、私が引き回した付き合いがメインなので、そうなるのだろう。

 久しぶりに会った50代後半になった後輩達と話が弾む。
Tが、昔、私が自分言ったことを今でも覚えているという。
「昔、言っていたでしょう。仕事ってさ、一生のほとんどの時間をそれに使っているだろう。それがつまらなかったら最悪だろう。楽しく仕事をしようぜ、そして仕事が終わったら遊ぶ
いかにも30代の私が言いそうな言葉だが、覚えていない。
「どうせ、その場で適当なこと言ったのでしょう」と妻は言う。
まあそうだけど。
色々と楽しい社内旅行や会社外での遊びをしていた仲間だからこそ、会社を離れて何十年経っても友達として飲める。それは今でも良かったと思っている。

 高校時代の友達も、限りなく馬鹿やっていた奴らとは未だに会って飲む、遊ぶ。その馬鹿やれるチャンスが会社にもあった。
リモートで何処にいるかも分からん後輩と仕事としていたら、こんな未来は恐らくないだろう。

渋谷もかなり変わった

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?