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ナナハン物語(東名ESAの暴動)第九話 1970年代を生きる少年達、ナナハンは少年の唯一の力だった

ESA:東名高速 海老名サービスエリア

斉藤くん再び
斉藤くんの家に着くと、高木は自販器で買ったペプシコーラを2缶もって部屋に入った。
相変わらず汚い部屋だった。部屋の大分を占めていたドラムセットがなくなっていることに高木は気づいた。
「あれ、ドラムセットは?」
「色々あってさぁ、当分バンド活動は止めた。学校も辞める」
「本気なの、でも何で?」
「実家を手伝う、学校は夜学へ移る」斉藤くん家はクリーニング店だから、それはわかるけど、ちょっと元気がないなと高木は感じた。

「その事は後で詳しく話すよ、ところで高木、最近バイクのタンクをへこまされた奴らっている?」
「えっ!俺もそのことを聞こうと思っていた、俺はやられたよ」
「猫跨ぎの山路もそう言っていたよ」高木は斉藤くんのウグイのような変なニックネームには触れずに本題に移った。(猫も跨いで通り過ぎるほどまずい魚 ウグイのこと)
「で、あの追いかけていたGT750が犯人?」
「いや違うね、実行部隊ってとこかな、追ったんだけど逃げられた。真っ昼間に信号無視だもの、しょうがねーよ」
それは見ていたけど、高木はさらに質問をした。
「で、何者?」
「ブラックエンペラーかな、でもちょっと不審な点もある」
斉藤くんは口をつぐみ考え込んだ。その時、階下から物音がして、声がした。
「こんにちわ、いる?」
「ああ、上にいるよ」亜子さんだと思う間もなく、部屋に駆け込んできた。
「誠!」「あんたさぁ、なにやっているのよ」
齋藤くんの名前は誠、誠ちゃんか、笑えると思った高木だが、その後の話で凍り付いた。

「リナちゃん、妊娠しているよ、今日病院に一緒に行った。相手はあなたでしょう?」
「ああ、なんとなくわかっていた」と斉藤くん。
「妊娠!!」と叫ぶ高木の手からペプシが落ちた。
まだ開けてないペプシ缶が、亜子さんの足下に転がった。ようやく高木の存在に気づいたようだ。

「あっ、ごめん、高木くん、今の話は秘密ね」
「もちろん、じゃぁ、俺、帰ります」高木はかなり動揺していた。
「ちょっと待って、悪いけど高木くんもいて、その方が冷静になれるから」そう言うと亜子さんは近くにあった丸いすに座った。

斉藤くんに顔をむける亜子さんの顔は少し落ち着を取り戻していた。
「リナちゃん産むって言っている。どうするの」亜子さんの視線から目をずらして斉藤くんが答えた。
「学校は辞めるよ、働く、時間が出来たら夜学へ行く」
「あんたさぁ、それで生活が出来ると思っての、馬鹿じゃない。親父さんに話はしたの、それと、リナちゃんの家にも行かないと」
「うるせぇーよ、お前には関係ないだろう」とついに逆ギレ。数秒能面のような顔をになった亜子さん。
「わかった、高木くん、行こう」
「えっ?」
「いけよ、高木、今日はもう終わりだ」
亜子さんは椅子から立ち上がり階段を降りていった。
「斉藤くん、大丈夫かよ」
「いいから、亜子の方が動揺しているから、頼む」高木はうなずくと亜子さんを追った。

外に出ると、高木のナナハンの横に亜子さんがいた。
「高木くん、バイクに乗せてくれる」
「いいけど、メットを借りてくる」高木は齋藤くんからヘルメットを一つ借りてきた。どこから持ってきたのか、ブラックエンペラーのステッカーが貼ってあった。
「で、何処へ行く?」高木が言う
「宇宙の果てまで」
高木は少し考え、空を指さして言う。
「宇宙ね、了解、いいところを思い出したよ」
 
宇宙へ星降る場所
環八から世田谷通りを抜けて、調布で多摩川大橋を渡り、川崎街道から横道に入った。
ここは多摩丘陵という高台。ここ数年、大規模な宅地造成が続き。工事車両のトラックが終始道路を走っていた。だから昼間は騒々しいし危険きわまりない。しかし午後5時に工事が終わると一転して静かな場所になる。
夜は外灯もないのでかなり暗い。高木は高台を切り開いた道をナナハンでゆっくり走っていた。
暫く走ると、その道は行き止まりとなった。
 
「着いたよ」
高木はバイクを降りると、進入禁止の柵を跨ぐ、ジープロード(工事車両用の道)を亜子と二人で歩いた。

午後6時少し前、秋の日はつるべおとし、西の空があかね色に染まってきた。
10分ほど歩くと、二人の前に広大な空間が現れた。
最終的に公園か宅地なるのだろう、木が伐採されて、土地が平たく整地されていた。そこからは眼下に多摩川と多摩の街並みが見える。
目を南に向ければ、富士山が夕焼けのなか黒いシルエットで見えていた。
さらに目を上に向ければ、夜の帳がおりてきて、星の輝きが少しづつ見えてきた。

「いいタイミング、運がいいよ」高木は言った。そして途中で買ったUCC缶コーヒー(ホット)を亜子さんへ渡した。
「ありがとう、凄く綺麗ね、空が宇宙の果てまで繋がっているのが、よくわかる」 亜子さんの顔がオレンジ色に染まっていた。

「そうだね、俺さあ、小学校の5年の頃、天体観測にはまっていて、良く夜空を見ていたんだ。俺はそんなに体も大きくもないし、その頃結構色々やられていた。だけど夜空の星を見ていたら、だんだんと勇気が湧いてきた。それから俺にちょっかいを出していた奴ら一人一人と対決した。変な話だけど、ガキの喧嘩って、腹括った方が勝てるんだよね」

高木を興味深く見つめる目、高木は少しどっきりする。
「ふーん、喧嘩ねぇ、高木くんは優しそうだよ。でもナルシストでしょう。まぁ、あいつよりはましだけどね。自分が一番格好いいと思っている」
高木は斉藤くんの困り切った顔を思い出して、おかしくなって笑った。

「それで話の続き、その中の一番の強敵と対峙した時、体も同じくらいだし、楽勝だと思っていたら、そいつは兄貴からボクシングを教えてもらっていたらしく、俺はノックアウトされた。初めて気を失ったよ。その時、周りにいた女の子が俺を介抱してくれて、それは嬉しかった。でもそれからは、また普通の小学生に戻った」

「話はそれで終わりなの?」亜子さんが首をかしげる。
「終わり、俺って何でも中途半端だからさ、ある程度やったら、やめてしまう。今は大学受験もやばいし、最近は下を向いてばかりだ」
気づくと、いつの間にかに空は暗くなり星空が広がっていた。

「東京でも見える宇宙か、誠も馬鹿だよね」と言った亜子さんは涙を流していた。
高木は、その時感じた、いや気持ちを少し理解した。
「私ふられちゃったみたい」と呟く亜子さん。頭上の無限の空間にその言葉は吸い込まれていった。
高木は薄々気づいていたが、かなりショックだった。それにしても斉藤くんは食えない野郎だ。リナさんといい、亜子さんといい、なんで彼奴がモテる。高校留年しているのに不条理だ。世界は不条理だらけだ。

涙を手の甲でぬぐって亜子さんが笑った。
「高木くん、お腹空かない」
「空いたよ、戻ってラーメンといきますか?」
「いいねぇ、おごるよ」
高木と亜子さんはナナハンを止めてある場所へ戻った。

高木はタンデムシートに亜子さんを乗せて、ナナハンのエンジンをセル一発でかけた。静かな空間に4サイクル4気筒のジェット機のようなエンジン音が響き渡る。その時高木はあることに気づいた。
「あのさぁ、まだ7時だし、ケンさんのラーメン屋はまだ出てないよ」そのことを亜子さんは忘れていたらしく、少し考えて、
「そうだった。じゃぁデニーズでも行こう」
二人はデニーズへ向かった。

デニーズ+ラブ
亜子さんがお金を渡すと。受付の小さな窓から、ばあさんの手が出て、亜子さんへおつりと鍵を渡した。ここは府中のモーテル、最近はラブホホテルという。
高木は亜子さの後ろで、期待と緊張で突っ立っていた。こんな場所へバイクで来るのは初めてだった、あれもどのみち初めてだ。
何故こうなったのだろう・・・。
時間を2時間前に戻そう。

二人はデニーズに入り、夕飯時なので30分位待ち席に着く。
「私、生ビールとミックスグリル、高木くんは決めた?」
「えっ、ビール飲むの?」亜子さんは高木より一つ上だから、まだ19才だ。
「飲むよ、大学のコンパとかもあるし、大丈夫よ」
「そうか、じゃぁ俺は、この目玉焼きが乗ったハンバーグとライス大盛り」
その後、亜子さんはビールをもう一杯飲んでいた。

高木は亜子さんの大学の同級生とか、軽音学同好会の仲間の話を聞かされていた。
リナさんとはその同好会で知り合って、斉藤くんらのバンドに参加するようになったそうだ。そこで斉藤の野郎が手をつけてしまったのか、山路さんに絶対に言おう。

「糞だな斉藤」と高木は思わず言ってしまい慌てる。
「大丈夫だよ、その通りだよ」と言って亜子さんは笑った。
さて、その後の会話が難しい。高木は男子校の弱みで、どう対応していいかわからず、聞くだけになっていた。「うん、そうなの、へー」で3時間。コーヒーを3杯お代わりした。
「そろそろ、行こうか」とようやく亜子さんが言った。

デニーズを出てしばらく走ると、後ろに乗っている亜子さの体温が上がっていた。
高木はさらに緊張する。すると周りにラブホテルのネオンが輝く。多摩川沿いは多いのだ。
「ねぇ、どこか寄っていこう」と亜子さん。
(酔っているなぁ)高木は聞こえないふりをしていた。
突然、亜子さんは腹に絡めていた手を胸にまわし高木をきつく抱きしめた。
ヘルメットでこつこつと高木の頭を打ち付ける。
「危ないよ」
「行こう」
「わかった」高木は目に付いた暴走族の名と同じようなラブホテルへ向かった。

高木が鍵を開けて部屋に入る。
そこには異空間が広がっていた。普通のホテルさえ泊まった経験が少ないので、よくわからないが、まず窓がない。高木の自宅は古い一戸建て、庭もある平屋の家だから、縁側があり大きな窓がある。家は窓で取り囲まれている。だからかなりの閉塞感を感じた。

次に、なんの匂いからわからない芳香剤の匂いがする。照明は普通の蛍光灯だが、妙に暗い。
お風呂の仕切りがなんとガラスだ。丸見えではないか。
それにしてもベッドがデカい、枕も同様だ。
高木は引きっぱなしのせんべい布団に寝ているので、ここでは寝られない。いや、寝るために来たのではない。

「すごーい!何か、いやらしいね」ニコニコ顔で、亜子さんがはしゃぐ。
そして高木を見つめる目は潤んでいた。
高木に抱きつき、唇を重ねる。生暖かいものが口の中をまさぐってくる。
この時点で、高木のジョニーは制御不能だった。

火遊びの後始末
取りあえず学校へ行った翌日、高木は昨日の出来事を頭で反芻して、かなり落ち込む。
(絶対に失敗している)
勢いであんな事をしたが、良かったのか、悪かったのか心が混乱していた。

高木は真面目な男だった。
(傷心で酔っている彼女とあんな事をした。反則だ。それとも、あそこでおっぱいを触ったが、それが失敗だったのか・・)
高木が席でそんな妄想に耽っていると西川が寄ってきた。

「高木、眉間にしわを入れて、何考えているんだよ」
「色々ある。俺、受験生だし」
「受験生、その話を聞いて担任の諸富が笑っていたぞ、高木が受験、大学生かぁと」
「うん、そうだな、無理だよな」高木は適当に頷くだけだった。

「おい、どうした、大丈夫か、そうだ本題、タンクをヘコましている奴らわがかったって、靑木が言っていたぞ。ヒットラーの奴らだって」
「ヒットラーって、あの走りより、ケンかばかりしているチームだろう」
「そうだよ」高木は頭が怒りで急速に妄想から切り替わった。
「で、目的は何だよ」
「わかんねーよ」

西川の怖い顔をまじまじと見たが、そこには何のヒントもなかった。
「そうか、聞いた俺が馬鹿だった」と席を立ち、窓際で頭の剛毛をいじっている靑木に声をかけた。
「おお。わかったよ、あいつらだよ」今度は鼻くそをほじりそれを指で飛ばしながら青木は言った。
「あいつらって、だれ」
「あの奥多摩の幽霊事件で、ミツにエンペラーをたたき出された二人いるだろう。あいつらがヒットラーの頭に、あること無いこと言って、仕返しをしていたらしい」
「しつこいやつらだ」
「そうだよ、だから今週末の集会はかなりやばいらしい、死人がでるぞ」靑木がぼっそと言う。
 
靑木が言うには犯人は元ブラックエンペラーのあの二人、首になった腹いせでエンペラーとさらに連合チームも含めて、ヒットラーと衝突させたいらしい。バイク以外にも車の方も被害があり、よくない奴らも絡んでいるようだ。

高木はさらに怒りが湧いてきた。
「そうか、あのコーンヘッドの二人、粘着的な悪党だから、何かしかけてくるだろうとは思っていたが、想像以上だな」

そうは言った高木だが、そろそろ土曜の夜、ナナハンで走ることを止めようと思っていた。
そして大学進学して、亜子さんに彼女になってもらう。
唐突に彼女の顔と体と甘い匂いを思い出した。
「おい、高木、目をつぶってエロいこと妄想しているだろう」西川の声で現実に戻る。
「アホかぁ」
そう言った高木だが、嫌な予感しかしない、(斉藤くんの呪い)が頭を過ぎっていた。 

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