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【研修報告】松為信雄先生の講演に参加して

2/9(金) 就業・生活相談室 からびなが主催した「2023年度からびな学習会『職業リハビリテーションの理念を問う』」に参加しました。
50名定員とのことでしたが、実際は定員を超える多くの方が参加されたようです。

松為先生は、日本における職業リハビリテーションのパイオニアです。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)にて主任研究員を務められ、東京通信大学や神奈川県立保健福祉大学等で教壇にも立たれておりました。
現在は一般社団法人職業リハビリテーションカウンセリング協会の代表として職業リハビリテーション学の体系化、普及啓発に取り組まれている他、松為雇用支援塾を主宰され専門職の養成も行っておられます。私も第7期塾生として、現在勉強中です。

今回の研修案内では2025年より段階的に施行される「就労選択支援」や「就労アセスメントについて」といった記載がありましたが、具体的にそれらについて触れられることはありませんでした。一方で「働くことの意味」や「職業リハビリテーションとはなにか」といったことは、先生の熱意も相まって深く学ぶことができたと感じます。
自身の復習も兼ねて、いくつか取り上げたいと思います。先生のお話から私自身が考えた内容ですので、実際の講演内容とは異なることをご容赦ください。

①職業リハビリテーションってそもそもなんだろう
はじめに「職業リハビリテーション」という言葉そのものについて。ILOの定義によると「障害者が適当な雇用に就き、それを継続し、かつ、それにおいて向上することができるようにすること、並びに、それにより障害者の社会への統合又は再統合を促進すること」(第159号条約,1983年)とされています。松為・野中(1997)はこれを「働くことをとおして社会を構成する一員として成長し、それによって生涯にわたって人生の質(QOL)を向上させていく過程を支えることも含まれることを意味」すると説明しています。※1 つまり職業リハビリテーションは、働くことをとおして障がいのある方の社会参加を促し、キャリアを築き上げ、QOL向上に寄与するための支援であるといえます。
この考えを松為先生は「働くことの意義」として図示し、その上でどのような支援が必要かを解説しています。

図1 松為(2021)より※2

働くことは、役割の獲得、社会参加への第一歩です。その役割(働くこと)を通して、会社の充足と個人の満足とが互いに満たされながら螺旋階段上に繰り返されていくことが、好循環といえるでしょう。これは障がいの有無に関わらず、全ての人にいえることだと思います。松為(2021)のいうように「障害のない社会生活や人生設計を出発点として、疾病や障害はそれにどのような影響を及ぼすのか、その影響を最小限もしくは解消するにはどのような包括的な支援が必要なのか」※2 という発想で考える必要があるのです。そして、障がいのある人には図の下にある介入と支援が必要であると考えられます。ここで大切なのは、個人と環境(会社)双方の視点を大切にすること。先生はこれを「生態学的(ecological)」な視点と表現されていました。つまり、個人と環境は不可分であるため、その相互作用に着目する必要があるとうことです。個人の支援に偏ったり、企業支援ばかりしていては、この好循環は維持されません。この視点は、職業リハビリテーションの基礎になるものだと思いました。

②これからの障がい者雇用は?
先生は野村総研の資料※3 から、これからの障がい者雇用について予想されていました。詳細は割愛しますが、ここで多く語られたのは「パーパス」という概念です。パーパスとは「存在価値」を意味し、パーパス経営は「企業の経営理念として自社の存在意義を明確にして、どのように社会貢献していくのかといった」※4 経営のことを指します。
従来は企業の存在価値といえば、もっぱら利益の追求でした。もちろんこれは決して悪いことではありません。企業がサービスを生産し、消費者がそれを買い求め、企業が潤い成長し、社会全体の成長に繋がります(経済学には疎いため「そうじゃない!」という批判もあるかと思いますが…)。
それが現代の企業の多くは「非財務的価値」つまりパーパス経営を意識しているとのことでした。福祉で使われていたノーマライゼーションやソーシャルインクルージョン、QOLといった概念が、CSRやダイバーシティ、ディーセントワークといった考えと融合して企業に取り入れられているというのです。
このように、福祉と一般企業の間で共通言語(狭義の意味では異なるかもしれませんが)が出来上がりつつあるのは喜ばしいことだと思います。福祉職として職業リハビリテーションを行うのであれば、労働市場で今何が起きているのかというトレンドを知ることが不可欠であるといえるでしょう。余談ですが、私も以前は企業の論理を知らずに福祉の論理を振りかざし、よく企業の担当者様に「福祉の人は正義の味方だと思ってないか?」と怒られていたことを思い出しました。

③改めて、職業リハビリテーションについて考える
職業リハビリテーションは、その人のキャリアを見据えた支援です。就職すればよい、職場定着すればよいといった単純なものではありません。厳しいことを言うかもしれませんが「利用者を獲得し、障がい者雇用で就職させて定着させる」そのようなカタチだけの支援は、とても職業リハビリテーションとはいえないでしょう。

最後に先生は「ヒューマンサービス」という概念について述べられていました。ヒューマンサービスの枠組みは以下の3つです。


・人間を全体(総体)として捉えること
・人のさまざまな側面に関わる諸領域を包括して総合化すること
・専門職の枠組みからの業務に加えて、多分野との連携・協働・調整を行うこと


障がいの有無に関わらず「かけがえのない一人」として個人を捉え、その人を専門性のメガネのみで見るのではなく、ストレングスも含めた全人的な視点から捉え、また専門家が自分の視野の限界を知り、様々な視点を持った人から学ぶ姿勢を持つ。このような人物がヒューマンサービスの実践者なのだと感じました。
職業リハビリテーションを実践するならば、そういった人材にならなければならないのだと感じました。まだまだ学ぶべきことは多そうです…。



以上、先生の貴重なお話から考えたことを書きなぐってみました。最後に現実的な話をしますが、現場でこれらのことを全て実践するのはまだまだ難しいと感じます。支援者の育成の課題、対人援助職のワークエンゲイジメントや燃え尽きの問題、制度上の限界等々。
我々実践者は、現場では今何が問題になっているのかということを、職業リハビリテーションの視座を共有した上で、声をあげていく必要があると感じました。
ロビー活動などで政治家に働きかける方法もありますが、我々のような若手は、まず学会で事例報告をすることや、こうしてnoteで自身の考えをまとめて仲間を集うことが大切なのかもしれません。

エネルギッシュな先生のお話を伺って、落合陽一さん(2020)の話を思い出しました。少し長い引用になりますが、彼は「世界に変化を生み出すような執念を持った人に共通する性質を、私は「独善的な利他性」だと思っています。それは、独善的=たとえ勘違いだったとしても、自分は正しいと信じていることを疑わず、利他性=それが他人のためになると信じてあらゆる努力を楽しんで行うことができる人だと思います。 -中略- たくさんの知識を貪欲に吸収してオリジナリティを追求していってほしい」※5 と述べていました。私も、先人が築き上げた歴史から学びつつも、変化させることを恐れず、一生涯学び続ける。そんな支援者でありたいと思いました。

お忙しい中遠方から来ていただいた松為先生、貴重な機会を作ってくださった就業・生活相談室 からびなの皆様、ありがとうございました。




-文献-
1.野中猛・松為信雄編(1998)『精神障害者のための就労支援ガイドブック』金剛出版,p32.  https://amzn.to/3UDo2DU

2.松為信雄(2021)『キャリア支援に基づく職業リハビリテーションカウンセリング-理論と実際-』ジアース教育新社.p51,p53. https://amzn.to/3uvI74u

3.水之浦啓介・山口 綾子・足立興治(2022)「特集 2030年の障がい者雇用2030年の社会潮流変化と障がい者雇用の姿」『知的資産創造』2022年7月号,野村総合研究所.

4.Mazrica Business Lab.「パーパス経営とは?メリットや企業経営における思想と事例を解説」(https://product-senses.mazrica.com/senseslab/management/purpose-management)2024.2.10閲覧.

5.落合陽一(2020) 『働き方5.0~これからの世界をつくる仲間たちへ~』小学館新書. https://amzn.to/48b96Ae

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