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「伯父さん、カッコいい!」あるいは「あなたのような大人になりたかった」


「〇〇を応援すること」を迷っている方へ、小説の一片を!

ご紹介するのは、永井荷風作「すみだ川」から。
「すみだ川」は、幼馴染への恋に思いつめる青年と、彼の将来に期待して青年の恋に反対する母親、母親に頼まれ青年に意見をする伯父のお話です。登場人物が隅田川周辺を行き来する様子が、季節の彩りの変化とともに描かれています。明治時代の地図を手に取り、彼らのルートを確認したくなる、そんな作品でもあります。

登場人物は、次のとおりです。
・俳諧師の松風庵蘿月(しょうふうあんらげつ)。質屋の跡取り息子だったが、風流三昧で勘当される。
・蘿月の妹で常磐津の師匠をするお豊。跡をとった質屋が潰れた経験から、息子には高い教育を与え、月給取りにしようとしている。
・長吉。お豊の十八歳になる息子。幼馴染の芸妓のそばで生きるため、役者になりたいと思い詰める。

妹に頼まれた蘿月は、甥の長吉に、役者として生きることの苦労を話し、我慢して学校を卒業するよう諭します。「風流三昧で勘当された伯父ならば理解してくれる」との期待を裏切られた長吉。その後、彼は、出水があったと聞いて、そこへ行き、泥水の中をさまよい、腸チフスに罹ります。

蘿月は、そのような危険な行動を、長吉が故意にしたと察し、長吉の回復の不確かさにショックを受けます。心にもない意見をして、長吉の望みを妨げたことを後悔する蘿月。そして、彼は、ひとつのことに思い至ります。そのときの蘿月の心情が、次のように描かれています。

蘿月はもう一度思うともなく、女に迷って親の家を追い出された若い時分の事を回想した。そして自分はどうしても長吉の味方にならねばならぬ。長吉を役者にしてお糸と添わしてやらねば、親代々の家を潰してこれまでに浮世の苦労をしたかいがない。通人を以て自任する松風庵蘿月宗匠の名に愧(はじ)ると思った。

そして、「すみだ川」のラスト。蘿月は、こう描かれました。

どんな熱病に取りつかれてもきっと死んでくれるな。長吉、安心しろ。乃公(おれ)がついているんだぞと心に叫んだ。

「伯父さん、カッコいい。あなたのような大人になりたかった」、と私は心に叫んだ。

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。

物語の一片 No.19 永井荷風作「すみだ川」

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