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単だ、大穴だと絶叫しながら、肩に抱きついて、ポロポロ涙を流していた。

ほんの感想です。No.08 織田作之助作「競馬」昭和21年(1946年)発表

昭和22年(1947年)、三十三歳で亡くなった織田作之助。「競馬」は、彼が亡くなる前年に発表されました。妻を愛したからこその嫉妬と、競馬で勝ったり負けたりのゾーッとする世界を撚り合わせた、熱と狂おしさで頭がクラクラする作品です。

あらすじ

小心な中学教師の寺田は、連れていかれた酒場で、ナンバーワン女給に恋をする。彼女と結婚し、幸福な時間を得たのもつかの間、妻は病死する。実は、妻が入院中、寺田は、彼女宛の「淀競馬場で待っている」と書かれたはがきを見てしまい、以後、嫉妬に苦しんでいた。

妻の死から数年後、知人の用で訪れた競馬場で、寺田は馬券を買う。それから、競馬場を訪れ妻にちなんだ数字で馬券を買うようになると、ある美貌の男と度々出会うことに気がつく。

こう読みました

1 寺田の嫉妬
寺田が、「妻宛てのはがき」をきっかけに、「妄念」とともに育てる負の感情は、「寺田が愛を注いだ妻」と「妻の心を占めている相手」に向けられている気がしました。その感情を「嫉妬」と考えた時、ふと「嫉妬」イコール「妬み」では?と疑問がわきました。

広辞苑を引き、二つの嫉妬があるとわかりました。
① 自分よりすぐれた者をねたみそねむこと。「弟の才能にーする」「出世した友人をーする」
② 自分の愛する者の愛情が他に向くのをうらみ憎むこと。また、その感情。りんき。やきもち。島崎藤村、藁草履「―は苦痛です」。「妻のー」

寺田の「嫉妬」は、②。愛する者の愛情が他に向いた時の、自分以外のすべての関係者に向けられる感情ですね。妻は亡くなっているし、妻に関係した相手も特定されていない。そのような中で、恨みや憎しみというネガティブな感情を募らせることしかできない。寺田は、そのような状況にあったと理解しました。

2 嫉妬からの解放?
小倉競馬場で、同じ数字で賭け続き、負けが込む寺田。あと戻りできない恐怖の中で、針の先のような幸運を渇望する寺田。同じ運命にある人物が、もう一人います。競馬場で度々出会う、美貌の男です。最後のレース、優勝馬のゴール直後の様子が次のように描かれています。

無我夢中に怒鳴っていた寺田は、ハマザクラが遂に逃げ切ってゴールインしたのを見届けるといきなり万歳と振り向き、単だ、単だ、大穴だ、大穴だと絶叫しながら、ジャンパーの肩に抱きついて、ポロポロ涙を流していた。まるで女のように離れなかった。嫉妬も恨みも忘れてしがみついていた。

ここで、小説は終わります。寺田は、その瞬間、「嫉妬」の苦しみから解放されたらしい。よかった。でも、これからの彼のことを考えると、・・・・・。怖いです!

よろしかったら、「競馬」、お楽しみください。

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