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聞きたかったのは彼女が語るその意思

ほんの感想です。 No.20 有島武郎作「宣言」大正4年(1915年)発表

いくつかの作品により、明治青年の恋の傾向に関心が深まる今日この頃、有島武郎の「宣言」を読み、それまでの作品とは異なる新しさを発見し、驚きました。

二葉亭四迷「浮雲」と夏目漱石「三四郎」には、恋に対し、青年たちが、漠然と、しかし大きな期待をしていること。そして、羞恥心から、恋の相手に、その気持ちを確認することができないことが描かれていました。

また、武者小路実篤「お目出たき人」では、恋に対する期待が大きいがゆえに、理想やこだわりを持っていること。そして、恋した相手と意思疎通がなくとも、あまり問題とは考えない、マイペースな男心が描かれていました。

恋に思い悩む青年の心情を描いた、これら三作品に対し、有島武郎「宣言」は、ある恋によって生じた問題と解決の物語と読むことができたのです。

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「宣言」は、親友であるAとBが、1912年9月から1914年2月までの間、互いに送った書簡という形で、次のことを描いています。
・ Bは、Aが見初めた女性Y子を見付け出し、AはY子と婚約する。
・ 破産によりA家が地方へ移転すると、AとY子の結婚は、延期される。
・ Aの依頼によりBは、Y子の家に居候する。
・ Aは、Y子からの書簡が遅れがちになったことなどからY子とBに不信感を募らせる。
・ Y子がAを訪れ、自分の気持ちをAに告げる
・ AとBは、互いに自分の気持ちを宣言する。

この物語は、次のように変換することができます。
・ ある恋により人々に関係が生まれる。
・ その関係の中で問題が発生する。
・ 関係者が問題の解決のために行動する。

「宣言」では、Y子がAを訪れて、自分の気持ちをAに伝え、そのY子の意思にAが応えた、という点が、とてもおもしろいと感じました。

当時の男性の気持ちを想像すると、一度自分のもの(許嫁)とした女性が、他の男を選ぶ、という行為は、「あり得ないこと」「裏切り行為」「侮辱」だったと思われます。心の傷の深さとともに、怒髪天を衝く、という憤怒がイメージされます。

しかし、Aは、自制し、Y子の人となりや気持ちの理解に努め、「よくわかりました」と言った。それは、当時の青年にとって、世間に胸を張っていい、英雄的行為だったのでしょう。「宣言」というタイトルからは、そんな雰囲気が伝わります。

しかし、私は、その前提として、Y子をこのように行動させたことに、他の作家にはみられない、有島武郎らしさがあるように感じました。崩壊寸前のA、B、Y子の関係を再構築するために、Y子がAを訪れて、はっきりと、自分の意思を伝える。それは、現代で考える以上に、当時の女性には、難しい行動だったような気がします。

その点から、Y子には、「或る女」の早月葉子とともに、女性像としての新しさが感じられます。また、同じイニシアルというのも意味深ですね。確認してみると、「宣言」は、「或る女」の前編にあたる「或る女のグリンプス」の発表直後に刊行されています。葉子とY子に、どのような関連があるのか、興味を覚えます。

ここまで読んでくださり、どうもありがとうございました。

*有島武郎の「或る女」に関する過去記事です。お時間があれば、こちらもどうぞ。



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