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「胸のすく、楽しい小説ですね」、と言っていいですか?

ほんの感想です。 No.26 永井荷風作「おかめ笹」大正9年(1920年)発表

予想とは異なり、永井荷風作「おかめ笹」は、胸のすく楽しい小説でした。

そもそも、この作品を選んだのは、「一切の叙情性を排し色欲と金銭・名誉欲に凝り固まった人物たちの醜猥な面をデフォルメして描いた」旨の紹介文(岩波文庫「おかめ笹」)に惹かれたから。金と面子と美男美女をめぐり、老若男女が知恵を絞り、どのような悪逆非道をくりひろげるのか・・・・・。そんな期待とともに本を開いたのです。

確かに抒情性はない。しかし、非情でもない。善男善女とは少々異なる人々が、女性や金、そして名誉に関わることに一喜一憂する様には、「自分にもこんなところがあるな」と思ってしまう、距離の近さがありました。

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「おかめ笹」の主人公、鵜崎巨石は、四十前後の画家。絵で独り立ちすることはできず、師匠の家の執事のようなことをして生活をしています。画才はないけれど、師匠の放蕩息子の女性問題を手際よく処理するなど、ある種の有能さがあり、師匠一家から重宝されています。

そして、鵜崎に世話を焼かせ、あるいは、トラブルに巻き込んでいくのは、次の人々です。

・骨董商に株の売買をさせて金持ちになった、鵜崎の師匠である画家と、その家族
・愛人に待合を営ませる骨董商
・師匠の放蕩息子の後始末をしながら、鵜崎が知り合った女性たち
・妾との間に生まれた娘を、正妻の子として画家の息子の嫁に出す元知事と、その家族

師匠の放蕩息子の結婚式準備を任された鵜崎は、律儀にその事務に励むだけではありません。その合間を縫って、放蕩息子のお供で女性のところへ遊びに行ったり、骨董商で贋作を見つけて、その出所を探ったり、女性の頼みを聞いたりと、大忙しです。

自分に画の才能がないこと、人としての器が小さなことを自覚している鵜崎は、他の登場人物と比較して、真面目な考えを持つ人物に感じられます。そんな鵜崎が、画家一家をはじめとする人々の面倒ごとに、ひとつひとつ対応し、物語の終盤に、思いがけない大きな利益を得ます。そこが、胸のすくところなのですが、大金に大喜びするのではなく、怪しんで怖がるところが、鵜崎らしくて、おもしろい、と感じました。

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「おかめ笹」の最後に、永井荷風は、次の断り書きを記しています。

 この小説は大正四、五年頃の時代を写したるものとご承知ありたし。大正七年以降の物価の騰貴、人情の変化甚だしければ、ここに一言お断りいたすなり。

大正七年(1918年)とは、それまでにない規模の米騒動が起きた年でした。前年からの米価の暴騰が、人々の生活難と不安を深刻なものとし、大暴動を引き起こさせた。永井荷風が、「大正七年を境に、人情も大きく変わった」と、記した意味がわかった気がします。

「おかめ笹」の感想を、「とても面白かったです。胸のすく、楽しい小説ですね」などと、永井荷風先生にお伝えしたら、どうおっしゃるでしょうか?

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。

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