見出し画像

あの鼓の音を聞いてはいけない。

夢野久作は見過ごせない、でも読んだことはない、そんな方へ、小説の一片を!

ご紹介するのは、夢野久作作「あやかしの鼓」(昭和26年発表)から。
嫁入り道具として鼓を贈られた女が、急死すると、間もなくその夫も亡くなります。女に鼓を贈ったのは、彼女と関りがあった鼓作りの男。その鼓作りが、「鼓を取り返し、打ち壊すように」と遺言し亡くなったことから、「あやかしの鼓」が噂されるようになります。

この因縁話を語るのは、鼓作りの曾孫にあたる若い男です。幼少時、父から、「あやかしの鼓」のことを聞かされ、鼓に関わることを禁じられました。しかし、父の死後、能小鼓の名人に引き取られた彼は、自ら望んだかのように「あやかしの鼓」に引き寄せられていきます。

物語の終盤、語り手の男が、ついに「あやかしの鼓」の音を耳にします。その様子が次の描写です。

初めは低く暗い余韻のない――お寺の森の暗に啼く梟の声に似た音色が出た。喜びも悲しみもない・・・・・只淋しく低く・・・・・ポ・・・・・ポ・・・・・と。
けれども打ち続いて出るその音が私の手の指になずんでシンミリとなるにつれて、私は眼を伏せ息を詰めてその音色の奥底に含まれている、あるものを聞くべく一心に耳を澄ました。
ポ・・・・ポ・・・・という音の底にどことなく聞こゆる余韻・・・・・。
私は身体中の毛穴が自然と引き締まるように感じた。

「鼓をいじってはいけない。そうなったらお前は運の尽きだ。あの鼓の音をきいてしまったら、狂人になるか変人になるかどっちかだ」、そうお父さんに言われていたのに・・・。

夢野久作のデビュー作です。
夢野久作の作品には、例えば「瓶詰地獄」を読んだとき、静かに浸み込んでくる恐怖に、なかなか頁が進まなかった、という経験があります。本作は、三分の一あたりまでは、スラスラと読むことができ、夢野久作らしくない新鮮な印象を受けました。しかし、途中、突然、「登場人物が気がふれた様を見せる」場面があり、あまりの夢野久作全開感に、ゾッとしました。

また、夢野久作作品は、視覚聴覚に訴えてくる印象があります。本作では、特に、鼓の音に関する描写に、耳が喜びました。

例えば、次は、主人公である語り手が能小鼓の名人に好みの音を聞かれ、答えた描写です。

「どの鼓でもポンポンポンって『ン』の字をいうから嫌なんです。ポンポンの『ン』の字をいわない・・・・・ポ・・・・・ポ・・・・・ポ・・・・・という響きのない・・・・・静かな音を出す鼓が欲しいんです」

「ポンポン」「ポ」「ポ」と声に出してみると、その心地よさが感じられてきます。是非、この耳で鼓の音を聞かねば!

お立ち寄り頂き、ありがとうございました。

物語の一片 No.21 夢野久作作「あやかしの鼓」


この記事が参加している募集

#読書感想文

187,975件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?