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姉さん、任務完了です。 from 厨子王

ほんの感想です。 No.22 森鷗外作「山椒大夫」大正4年(1915年)発表

森鷗外の「山椒大夫」は、記憶にある「山椒大夫」の物語とは違う、と思いました。姉安寿の冷徹な戦略の下、弟厨子王が、「父の行方を知り、佐渡の母を助ける」というミッションを遂行した物語、と感じられたのです。

私の中の山椒大夫は、強欲で血も涙もない長者です。まだまだ子供の安寿と厨子王に、成人並みの労働をさせ、厨子王を逃がした安寿を、罰として拷問し、死に至らしめた。だからこそ、大人になった厨子王が山椒大夫の罪を問い、厳しく罰したことに爽快感があったのです。

このような山椒大夫像は、子どもの頃に読んだ本によると思うのですが、その特定ができません。代わりに、私の記憶を裏付けてくれたの、広辞苑の次の内容です。

・山椒大夫は、丹後国由良に住んでいた、強欲非道の富者
・物語は、
・陸奥太守が、無実の罪で筑紫に配流された。
・その子の安寿姫と厨子王は、母と共に父を尋ね旅に出る。
・旅の途中、彼らは人買い山岡太夫の手に渡り、母は佐渡へ、二子は山椒大夫に売られる。
・姉は弟を逃がして死んだが、厨子王は京都に上り、山椒大夫・山岡太夫を誅して、仇を報いた。
・中世以来、小説・演劇の題材となり、森鷗外にも作品がある。

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森鷗外の「山椒大夫」では、強欲非道さが和らいでいる感があり、それは、主に、次の設定や描写によってもたらされています。

・山椒大夫は、自ら、逃亡を企てた奴に烙印をする人物。しかし、三人の息子のうち山椒大夫の気質を持つのは三郎だけ。太郎は、奴に烙印をする父を見て家を出てしまい、二郎も、奴婢を傷めつけることはしない。

・奴婢を束ねる奴頭は、山椒大夫一家の指示があれば、奴婢に苛酷なこともする。しかし、実は、人が苦しむ姿は嫌いで、可能な限り穏便にやり過ごしたいと思っている。

・丹後の国守となった厨子王は、丹後一国での人の売り買いを禁じた。

・山椒大夫は奴婢を解放して、使用する人に給料を払うことにした結果、一時的に損失はあったものの、農作も工芸も以前よりも盛んになって、一族はいよいよ富栄えた。

このような「山椒大夫」の中で、安寿は、厨子王に、ひとりで京へ逃げるよう命じるのです。残る姉を心配して逃亡を躊躇した厨子王に、安寿は、こう言いました。

それは、いじめるかもしれないがね、わたしは我慢してみます。金で買った婢(はしため)をあの人達は殺しはしません。多分お前がいなくなったら、わたしを二人前働かせようとするでしょう。

この言葉を忘れずに、もう一度、読み直してみると、厨子王の逃亡を企てる安寿の冷徹さが際立って感じられてきます。

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私が記憶する、殺伐とした山椒大夫の物語は、神仏の加護により、厨子王が山椒大夫らを成敗し、母を見つけだす、という世界です。

しかし、森鷗外の「山椒大夫」では、姉安寿の、
・ 京都まで逃げれば、善き人に出逢える可能性がある
・ 善き人に出逢えることができれば、運が開けることもある
・ 運が開ければ、父の行方を知り、母を助けることができるかもしれない
という、ゼロではない可能性に賭ける強い意思が感じられます。

そう感じたとき、森鷗外の「山椒大夫」は、姉弟による「父の行方を知り、佐渡の母を助ける」というミッション遂行の物語、と思われてきたのです。

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。

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