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兄妹喧嘩の激しさと優しさ


ほんの感想です。 No.38 室生犀星作「あにいもうと」昭和9年(1934年)発表

室生犀星作「あにいもうと」は、姉娘の不幸な出来事を契機に、傷ついた家族のメンバーが、それぞれに出口を見出そうとする物語。兄と妹の「ここまで言う?」、と思われた激しい言葉のぶつけ合いが、印象的でした。

家族だからこそ、その一人が他人に傷つけられたことを悲しみ、悔しがり、何とかしたいと考え、思い悩む。しかし、その状態から回復する道は、一人一人違うようです。

「抒情小曲集」の詩人としか知らなかった室生犀星が、このような家族間の激しい感情のやりとりを描いていたことから、その人となりや作品に興味がわいてきました。

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多摩川の護岸作業の人夫頭をする赤座には、妻りきとの間に、次の三人の子がいます。
・伊之助 二十八歳
 石職工。腕はいいのに、怠け者で女性問題をしばしば起こす。
・もん 二十三歳
 一年前、奉公先で学生と関係し妊娠。学生と音信不通となり、グレる。
・さん 年齢不明 奉公に出ている。

伊之助は、職が定まらず、しばしば家に戻ってきて、寝て暮らしています。そこに、グレたもんが、同じライフスタイルを始めたことから、二人が家で顔を合わす機会が増えました。

顔を合わせれば、互いのだらしなさを激しく云い合う兄と妹。
姉娘の気持ちを考えて、心を配る母。
仕事に打ち込むことで、気をそらす父。

家族のこうした重苦しい時間が一年ほど続いた後、もんを妊娠させた学生小畑が赤座家に詫びに来ます。赤座、りき、伊之助、そしてもんが、「小畑の詫び」に何を感じたか。ここが、この作品の読みどころ、と思われました。

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「あにいもうと」では、小畑に対する兄と妹の態度の違いが印象的でした。肉親の情の濃さは間違いないが、互いに望んでいることが違っていたからです。家族間の関係が、良くも悪くもなるのは、こういったことなのかも、と思えてきました。

また、父赤座と母りきのコントラストも面白く感じました。気が強かった赤座は、もんの事件で気落ちし、それに向き合うことができません。一方、夫の気力が弱ったことを理解する妻りきには、彼女の心の強さが感じられました。家族の回復に向け、少しずつではあるけれど、現実的な対応を模索している様子が描かれていたからです。

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赤座が振り返った以前の家族の様子は、次のように描かれていました。

 もんも伊之も、そしてさんもみんな舟の仕事のあがりで育てられた。もんや、さんの生まれがけの時分はりきは若くて先の優しいとがりを持った乳ぶさを持っていて、弁当のときにはその空をもってかえるまで乳ぶさをふくませ、摘んで食える茎を抜いていたりしたのも、そんなに遠いこととは思えなかった。

「あにいもうと」のラスト、入梅前の川の手入れを指揮する赤座には、気迫が感じられ、私は、傷ついた赤座の心の回復を予感しました。というよりも、祈りました。電子辞書ニッポニカで知った室生犀星の出生の事情が切なくて、そんな気持ちになったのだと思います。

ここまで、読んでくださり、どうもありがとうございました。

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