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日暮れの海辺にて(560文字)

サンフランシスコを発つ前日の夕暮れ、港近くの観光地を歩いた。せっかくだから、名物だというクラムチャウダーを飲みたかった。

広い空が鮮やかな青からほんのりとした灰色になると、ネオンやウインドウの灯りがキラキラと輝き出した。

ふと、海を眺めたいと思った。賑やかな通りを離れて、海面上に色づいた空が見える方へと歩いていった。大きな倉庫のような建物の裏手に回ると観光客もいなくなり、ネオンも街灯もなくなった。

静まり返った薄闇の中で、魚の匂いが鼻をついた。倉庫のような巨大な建物は魚の貯蔵庫か加工場なのかもしれない。静けさが怖いと感じたとき一人の女性が釣竿を持って動き、その気配で彼女の存在に気がついた。

彼女は街灯りに向かって座ると、釣り糸を垂らした。黙って海を見つめている。

太陽はみるみるうちに沈んでいき、空は藍の色が濃くなった。太陽が低く傾くと時間の進み方が速く感じるのは日本だけじゃないんだなと思う。

視界のすみをカモメが横切った。ザワザワと聞こえる海の音が妙に響いて、急に心細く感じた。

大通りに戻ると、濃紺の空を明るく照らすほどのネオンに安心感を覚えたが、観光客は既にまばらになっていた。

昼間の賑やかさが嘘のように客のいない店でクラムチャウダーを頼んだ。サンフランシスコ最後の晩餐はこってりと美味しく、肌寒くなった体が温まった。

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