見出し画像

いわゆる「マイナカード」と日本語の表記法の関係を考える

写真:左=斎藤の「斎」さまざま、右:オーストラリア税務署のロゴ

 2023年7月初旬、いわゆる「マイナカード」の交付件数は8826万枚に達しているそうです。これは日本の人口1億2330万人の72%弱に相当します。
が、他方では「健康保険が使えなくなった」など、致命的な事故が多発していて、その返納を試みる人が急増しているようです。
 無理もありません。現代日本語の表記法について考えると、マイナカードをめぐる大混乱が発生することは容易に予想できたはずなのです。
 そこで今回は「マイナカードのモデル」だとされるオーストラリアの「納税者番号(TFN:Tax File Number)」と比較しつつ、このことを考え直してみます。

 オーストラリアで働くには、義務ではないが「それ」を取得すると税率が低くなるなどの利益のある「納税者番号(TFN:Tax File Number)の登録」という制度がある。申請時の記載項目は「氏名」「生年月日」「性別」「配偶者名」「住所」など、ほぼ日本のマイナカードと同じだ。
 ただ、ここで注意すべきは「氏名と住所の記載方法」である。オーストラリアも日本も「氏名」「州(or県)、市町村名、郵便番号」などを記載するのは同じだ。が、表記方法が大いに異なる。日本では「戸籍上の氏名:町名と所番地」、たとえば「高田公理:滋賀県大津市比叡平◎丁目〇番地△号」などと書く。他方、オーストラリアでは「番地と道路名」を「Kori Takada、〇-△ Dixon St.」などと書くのだ。

 こう書くと、「なんや、似たようなもんやないか」と思われるかも知れない。が、これが大違いなのだ。というのも、英語圏のオーストラリアの氏名と住所は、
 「26種類のアルファベット、10種の数字、ハイフンなど数種の記号」
 だけで記載が可能だ。他方、日本の住所を記載するには、
 「2136種の当用漢字、500字たらずの人名用漢字、ひらがな・カタカナ、10種の数字、その他の記号」
 などが必要不可欠となる。しかも実際には「◎丁目〇番地△号」のかわりに「◎-〇-△」と表記されたり、京都の市内などには、つぎのような「住所」が実在したりする。
 「京都府京都市東山区三条通南裏二筋目白川筋西入二丁目北側北木之元町◎番地」
 さらに実際は、上記以外の表記方法が用いられる場合もあるのだ。

 そのうえ、苗字に使われる文字の種類はさらに増える。たとえば「斎藤の斎」の字には「斉、齋……など」31種類もの「異体字」がある。これほどでなくとも「苗字の異体字」は、これ以外にも少なくない。

 それだけではない。そもそも日本語には正書法が存在しない。「行った」は「おこなった」とも「いった」とも読める。ローマ字表記の「KYOTO」や「OSAKA」は厳密には「キョト」「オサカ」としか読めない。
 そんな日本語を使って、平気な顔で複雑な現代社会を運営している、ぼくら普通の日本人は、考えようによると「おそろしく有能かつ器用」なのかも知れない。

 さて、こうした言語状況に、デジタル化に不可欠なコンピュータが適応可能なのかどうか。現代日本の政権政治家や政府高官は、そんなことは考えたことがないのだろう。が、実のところは日本人の氏名や住所に関する個人情報をすべてデジタル化し、預金口座や健康保険などに「紐付け」するのは非常に難しいと考えるべきなのだ。
 だから「マイナンバー」とやらは、オーストラリアのように「納税者の確定」にのみ適用するのが適切なのだろう。が、だとすれば、すでに全日本人にマイナンバーが振られているのだから、あらためての「マイナンバーカードの申請」は不要だということになる。

 そういうわけで今、政府の進めている事業は「行政の効率化」「国民の利便性」「公平・公正な社会の実現」などに逆行する「絵に描いた餅」だというほかない。日本語の表記法そのもの、日本の住所表示そのものを「デジタル化に耐えるシステム」に組み替えて普及させることなしに「現行のマイナカードの普及とその効率的な運用」は実にむつかしい。

 実際、たぶん今後もマイナカードをめぐる混乱と国民の不利益は後を絶たず、さまざまな問題を引き起こすことになるだろう。

 なお、蛇足ながら、日本の住所表示の元は「田畑の二次元的な広がり」への名付けに由来する。他方、英語圏の住所表示の元は「牧草地の上を一次元的にぐねぐね曲がりながら通じる道路」への番号付けであった。あわせて記しておくことにする。

左:田畑、右:牧草地の道路


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?