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禍話:間に合わない夢

A君が大学生になってから見始めた夢は、毎回起きた時に絶望的な気持ちになる。いわゆる[希死念慮]というものを抱いてしまう。

夢の内容はというとさほど恐ろしいものではない。
A君は夢の中で、高校に行かなくてはならなかった。
現実のA君は人生で遅刻したことがほぼ無いと言っていいほどきちんと高校に3年間通った。なのに夢の中ではありえない時間に起きてしまいどうがんばっても間に合わなかったり、ある時はギリギリ間に合いそうな時間に起きたとしても生徒手帳が無いとか靴下が見つからないとかで間に合わなくなったり。やっと自転車で急げば間に合いそうな時間でもタイヤの空気が危うく、結局上手く走れなかったこともある。

いつも何らかの理由で間に合わない。無理だ、と確信するとふと(休もうかな…?)と思う。そしてそのあと必ず(そうやっていつもおれは高校に行ってないんだ…)と落ち込む。

もちろん実際のA君は高校の頃普通に通っていたし、なにせ今は大学生だしそこまで落ち込まなくてもいいような内容の夢だ。それに[遅刻する夢]や[学校に行く夢]はほとんどの人が見たことのある定番の夢と言える。
焦りを感じて起きても、普通なら(なんだ夢か…)で済ませられるところを、A君は目が覚めると(おれは高校に行けなかったから駄目だ)とめちゃくちゃに落ち込み、死にたい気持ちになってしまうのだという。

毎回そんなにも絶望的な気持ちになるのに、実際に起きて支度をし、大学に向かう頃にはさっきまで真剣に考えていた「死にたい」などという気持ちはすっかり消えている。
その繰り返しだった。

ところがある日の夢ではついに、高校に到着できた。
門まではA君が通った高校と同じだったが、玄関からは違う、知らない建物になっていた。もちろん夢なので、違和感はありつつもそういうものかと納得していてすんなり中に入る。
現実に通った高校では2-5という数字のクラス分けだったが、その建物では2-Cなどアルファベットの表記になっていた。全く知らない建物だったが感覚で進んで行くとどうやら自分のクラスに迷わず到着し「おはよう」とあいさつをかわす。

クラスメイトは実際の友人でも有名人でもない、全然知らない人たちだったが、いたって普通に「A君おはよー」と自分のことは知ってくれていて、A君自身も自然に席に着き教科書を取り出したり他愛もないお喋りをしたりと、すっかり馴染んでいた。チャイムが鳴り、そろそろ授業が始まる。

────ここで目が覚めた。
間に合わなかった夢の時には必ずあった希死念慮が、この時は全く無かった。そしてその日から、高校に行かなければならない夢はぱったり見なくなった。


大学3年になったA君は、先輩の○○さんに「A君、塾のバイトしない?」と誘われた。急遽人員が足りなくなって、ちょうどバイトを探していたA君を紹介できるとのことだった。ありがたくその話を受けることにしたA君は、いちおう形だけの面接と下見を兼ねて塾に向かった。

塾の建物に入った瞬間、A君は気づいた。
夢で見た建物だ。玄関が夢で見たとおりだ。クラス分けも2-Cと書かれていて、面接で入った教室も見たことがある。
(あの夢の教室だ…)
(生徒が来て夢の中の知らないクラスメイトだったらやだな…)
なぜだか緊張が走る。平静をよそおってはいたが、面接中もついソワソワしてしまう。面接をしてくれた講師の先生がついでにそのまま館内を案内してくれたが、その間もA君はずっとうわのそらになってしまった。

結果、塾のほうから断られた。
紹介してくれた○○さんは
「ほとんど決まってたのになんかごめんな~A君にはほんとになんの問題もないんだけど塾長が『こちらの勝手な都合で…』とか言っててさ」
と謝ってくれたが、A君も自分がうわのそらだったこともあり(まあいいか)とすっぱり違うバイトに決めた。

しばらくして、話の流れで友人のB君とバイトの話になった。
「そういや○○さんに塾のバイトを紹介してもらったんだけど何故か向こうからはじかれてさ~。今は××でバイトしてるんだよ」
とA君が言うと、
「まあ、行かなくてよかったんじゃない?××のほうがいいでしょ」
とB君が言うので、思わず聞いた。
「え?あの塾、実はブラックだったりすんの?」
「いや全然、ブラックでも何でもないんだよ。むしろ全然いいところだし生徒も先生もいい人たちばっかりで…」
こんなふうになんの気なしに教えてくれたB君の話のつづきに、A君は思わずゾッとしてしまったという。

「…設備とかも良くてさーいい塾なんだよ。でも、なんでか知らないけどあの塾、たしか2人ぐらい講師が死んでるんだよなー」



※この話はツイキャス「禍話」より、「間に合わない夢」という話を文章にしたものです。(2023/05/20 禍話アンリミテッド 第十八夜)

禍話二次創作のガイドラインです。


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