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662日ぶりににスキーに行きました

今年は、ラ・ニーニャ現象が発生しているとのことで、冬の初めから結構寒いですね。

スキーが好きな小理屈野郎にとっては、スキー場の積雪および雪質がよくなるのでちょっとうれしいところです。

去年はコロナ禍で私もワクチンを打っていないところにたくさんの感染者が発生していましたので、さすがにスキーにはいけませんでした。今年は、コロナ禍になれてきたのと私は職種的にいわゆる「ハイ・コンタクト・グループ」に属する仕事をしていますので、今年3月末と4月中旬に1回目および2回の目のワクチン接種をしてもらい、今月14日にも3回目のワクチンを接種してもらいました。ありがたいことです。

子供たち(中二の長女と長男、中1の次男)も学校で密にならない方法をなんとなくつかんでいるようで(学校の先生方もいろいろと注意してくださっているようです)、そろそろスキーの虫がうずき出しているようです。

我が家では夏頃から今年のスキーシーズンに向かって道具等の準備をしてきました。
長男はブーツの新調、長女はスキーの新調と長男のお古のブーツのシェル(外側)を利用して現在使っているブーツのインナーを組み合わせてブーツのチューンナップを。
次男はスキーおよびブーツ、そしてウェアの新調を行いました。

18日にとりあえず、私の車にも普段は外しているルーフキャリアもつけてみました。

こんな感じなのでそろそろ行きたいな、ということなのです。

私たちのホームコースは長野県の白樺湖のあたりにあるブランシュたかやまスキーリゾートです。


スキーヤーしか利用できないので安全ですし、ゲレンデ内で音楽もかかったりしていないので非常に静かな環境でスキーに没頭できます。
ただしアクセスが結構大変です。
小理屈野郎は阪神間に住んでいるので名神、中央道経由で岡谷まで高速に乗り、そこから和田峠を越えて現地に着きます。
片道400キロ弱。大体5時間ほどかかっています。
1日だけのスキーの場合は前日午後10時をめどに出発。午前3時ちょっと前にゲレンデの駐車場に着き、お酒をちょっと飲んで仮眠。午前7時から7時半頃から車中で朝ご飯を食べたりして用意を行い、午前8時頃から滑り出します。ほぼ最終(午後3から4時)まで滑ってから、麓の町立の日帰り温泉に立ち寄り、さっぱりして、また自宅に戻ります。途中で(大概は恵那峡SAです)夕食を食べ、何度か休憩を取りながら午後11時半から0時ぐらいに帰る、というパターンです。
2日以上スキーを楽しむ場合は、行きと帰りは一緒ですが途中の夜は、近くの姫木平のよく行くペンションに泊まるか、白樺湖まで出て池ノ平ホテルに投宿する、というパターンです。

このコロナ禍、宿泊業者の方々はいろいろと対策を練ってくださっているのは重々承知ですが、まだ宿泊してスキーをというところまでは我が家は考えておりません。
さらに、子供たち、帰りはやはりもう少し家に早く着きたい、という希望が出てきました。

まだまだコースも全てオープンになっていないので年明け以降にいけるように調整中です。

そんな中、家のそば(車で30分前後)にスキー場があるので一度行ってみようと言うことになりました。
今回は家内はお休みで、子供たち3人と私で出かけてきました。
662日ぶりのスキーでした。

六甲山人工スキー場に行きました

阪神間にすんでいるスキーヤーは一度は行ったことがあるだろうし少なくとも聴いたことがあるスキー場が六甲山人工スキー場です。
基本的には人工雪の300メートル弱のコースで、シーズンインに足慣らしに来られる方も多いところです。

ルーフキャリアをつけているときにひょんな話の展開で、つけてすぐにいってみようと言うことになり、18日夕刻、行ってきました。

当日、結構寒く、ゲレンデでは小雪も舞う絶好のコンディション。気温も日没とともに少しずつ下がり、最終的には-3℃程度で落ち着いていました。

ゲレンデの雪質は、人工雪なので自然降雪したものとは違いますが、非常に練習になりました。しっかりした姿勢をとって、ちゃんとした加重ポイントに乗らなければ板が反応してくれない雪で、長女と次男は新しい板になっている(長さも長くなっています)のですが、なんとなく乗るポイントが分かったようです。

私も、最初はスタンスとか、上半身の姿勢などがめちゃくちゃになっていて、長男に見てもらいながら(長男は4年前、小4で日本スキー連盟のバッジテスト1級を受かったりしており家族では一番うまいです)なんとかもとの滑りになってきました。

長男もさすがに最初の数本はなんだかうまく滑れないとぼやいてました。二人でリフトに乗ったときにいろいろと話をしていたのですがなんとびっくりすることが判明。スキー板の左右を逆にはいておりました(苦笑)。彼は普段でも下着のシャツの前後ろ・表裏を未だに逆に来ても平気、というやつですので、あり得ることですが、ここでもやらかしてました。彼も、左右を合わせた上で数本滑ったところで徐々に調子を取り戻しほぼ復調したとのことでした。

次男は板がかなり長くなり(15センチ長くなりました)、ブーツも少し硬くなったのでうまく乗れず最初はへこんで温かい飲み物を飲んでしばらく休憩していましたが、長男の板を少し履くことで調子を取り戻したようで最終的にはある程度乗りこなせるようになっていました。

長女は、最後は寒さにやられていたようですがそつなく乗りこなせるようになったようでした。

午後5時ちょっと過ぎにゲレンデ着。午後7時45分までゲレンデで滑りまくり、ちょっとした写真撮影を行って午後8時には退場。16本滑りました。自宅には午後8時30分少し過ぎた頃には到着できました。結構お手軽。

結構手軽で気分転換もできるし、三密状況にもほぼならない、ということで、今週末も行こうかと言うことになりました。(今週末は午後5時まで私は仕事がありますが、終了後速攻家に帰って、荷物を積み込み午後6時過ぎから8時までの予定)

・私のスキー遍歴

ここで私のスキー遍歴を。

私は確か幼稚園年中さんの時に今回話題に上がった六甲山人工スキー場でスキーを始めています。

親父に毎週のように連れて行ってもらい、少しずつ滑れるようになりました。親父もおふくろもスキーは出来ません。なんで連れて行ってくれていたんだろう、と今になって思います。

小学校に入ってから1年から4年ぐらいまではスイミングスクールのスキー学校があったのでそれに参加(冬と春)。戸隠、栂池、白馬などに連れて行ってもらってました。これでかなりうまくなりました。なんとかパラレルターンができるようになりました。

小学2年生の時に、叔母や叔母の友達と私たち家族で白馬の青木湖・鹿島槍・さのさかスキー場に行ったのを覚えています。これらのゲレンデは接続されていて、ごっつい広いゲレンデもあるものだと感心したのを未だに思い出します。(現在は閉鎖されているところもあります)

中学高校はほぼスキーにいけず。行ったのは高校の修学旅行でした。行き先は志賀高原・高天が原スキー場。結構滑れていたので志賀高原のいろいろなスキー場に連れて行ってもらったし、ナイタースキーもやらせてもらいました。


大学になってからは爆裂しました。
大学1年の冬に体育の授業の一環でスキー訓練があり平湯温泉スキー場へ。ここでバッジテスト2級を取得。

その後も友達とスキージャム勝山(その当時新しくできたスキー場でした)、岐阜の高鷲地区のスキー場に友達と一緒に行ったりしました。また、蔵王・北海道のスキー場(トマム・キロロなど)にも遠征しました。この頃は、まだ長いスキー板全盛期。203センチの板をはいて滑ってました

働き出して、大学院に入った頃からまたスキー熱が過熱し出します。マイカーを持つようになりましたので、その当時FFの車でしたから岐阜のスキー場にチェーンを巻いて行ってました。今考えたらすごいことしていました。(苦笑)

そして結婚してしばらくしてから、またスキーを再開しました。

家内や子供たちとスキーをする一方、子供たちがうまくなることができたブランシュたかやまスキーリゾートに行ったときは仲良くなったスタッフさんとお話もできるようになっているし、ご恩返しの意味もあり、パトロールのお手伝いも少ししています

・家族のスキー遍歴

子供たちにも雪の中で遊ぶ楽しさを知って欲しいと言うことで幼稚園に入った頃から六甲山人工スキー場で雪遊びをし出しました。

1,2年雪遊びをしてそろそろ寒さに慣れた頃、スキー道具を買い、もう少し大きなゲレンデへ行ってみることにしました。
しかしこの年(確か9年前)シーズンイン直前、ちょうど今時分だったと思いますが椎間板ヘルニアが悪化しせっかく道具をそろえたのに、シーズンほぼ全て棒に振ってしまいました
このシーズンは結局3月20日に一度だけ行って終了ですが、子供たちはかなり面白かったようでこれからほぼ毎年スキーに行くようになりました。

その次のシーズンからは岐阜県・高鷲地区のスキー場をあちこち行ったり(結局お気に入りはホワイトピアたかすウィングヒルズになりました)、福井県(スキージャム勝山)、そしてブランシュたかやまスキーリゾートを中心にあちこち行くようになりました。

特にブランシュたかやまは子供のスキースクールが非常によくて、しばらくはほぼ毎週のように泊まりがけでスキーをするようになりました。この頃、11月のスキー場開きからゴールデンウィークの滑り納めまで滑っており年間滑走日数は20日を超えていました。
スキーショップの方にも驚かれました(苦笑)

子供たちはバッジテストで技術の確認を行い、結局長女と次男はジュニア1級、長男は(大人の、普通の)1級まで取得できました。

ある程度滑れるようになったので白馬に足を伸ばし、八方尾根、白馬47、五竜スキー場などにも足を伸ばしました。

家内は高校の修学旅行以来のスキーで、子供と一緒に始めたようなものですが、何回かレッスンをつけて、そつなく滑れるようになっておりみんなで楽しんでいます。

・コロナ禍とスキー

2018/19年のシーズンは、長女・長男の上の双子が中学受験だったので終了後行こうと思っていましたが、コロナ云々が出てきたため2月に2回ほどブランシュたかやまに日帰りで行きました。

2020/21年のシーズンは、次男も中学受験が済み、本来なら試験後から春までスキーぶりぶり生活を送ろうと言っていたのですが、コロナ禍で結局一回も行けずでした。

捲土重来、ということで今年の夏から準備を続けてきて、結局18日のスキー解禁になったわけです。

・今回のスキーの総括

本当は長野の長いコースで楽しみたいところですが、とりあえずお手軽スキーとして六甲山人工スキー場に行ってみました
コースは短いですが、確かにシーズンインの足慣らしや、基礎的な練習をするにはもってこいと言うことが判明しました。
子供たちもとりあえず、行く、ということで、今シーズンは結構お世話になるかも知れません。
長野については年末年始、中学受験のシーズンは学校がお休みになるのでその時期、そして、2月の祝日がらみ、3月の春休み、それぞれ日帰りですが、行ってみようと思っています。もちろんオミクロン株の動向等を見極める必要がありかなり流動的ですが。
個人的にはゴールデンウィークにも1日ぐらい行きたいなと。

・番外編 買い足す必要があったものを買い足しに行きました(2021/12/19)

私は特に買い足すものがないとおもってシーズンインしたのですが、ゴーグルの顔に密着するところのスポンジがボロボロになっていたり、ネックチューブがいまいちうまくいけてなかったり、とちょっとした買い物が必要になりました。
今回は家内はお留守番でしたが、結構気軽だし、感染のこともそれほど気にしなくて大丈夫だろうと言うことで行きたいと言い出しました。家内もヘルメット(耐用年数越え)とゴーグル(私と同じ状況)が駄目になっており、19日午前中に急遽スキーショップに行って、家内のヘルメット、私と家内のゴーグル、ワックスやちょっとしたインナーを買ったりしてきました。
ゴーグルはかなり使いやすくなっているようです。

これらのグッズについては一度別のエントリでまとめてみますね。

まとめ

小理屈野郎とその家族のスキー遍歴について説明しました。
今後のスキー行について考察しました。
六甲山人工スキー場、思ったより使えることが判明しました。


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