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私がD進かよ。

博士課程進学を考えてみてはどうかと、担当教授は言った。
「はい?」
就職の話があると呼び出された私は面食らった。

正確には、
「あなたは研究職でコツコツやる方が向いとるんやないか?
企業から大学へのオファーを紹介しておく。
ただ、一番勧めたいのは博士課程進学や。」
と言われたのだが。

これまでも何度か進学の話をされてきたが、全て冗談だと思い聞き流してきた。
なぜって私は、社畜ならぬ「バ畜大学生」だからである。
大学入学から5年間、アルバイト最優先の生活を送ってきた。
平日しかシフトを入れさせてもらえないので、
泣く泣く授業を休んだりしながら週に10時間は働いてきたのだ。
必修単位を落としたことを友人とからかい合ったのもいい思い出だ。

そんな私が修士課程にまで進んだのは、
いま目の前にいる担当教授のおかげであると言える。
2回生の前期、教授の授業を受けて目を開かれた。
建築に、その強度を保証する「構造」という分野があること。
その社会的責任、意義の大きさ。

絶対に、自信を持って、構造専攻に進みたい。
そう思えたおかげで、いくつかの科目の勉強にだけは火がついた。

なんとなく建築学科に来たものの、他の学生の熱意に早々に置いて行かれ、居場所をなくしていた。
教授の授業は、そんな私に夢を与えてくれたのだ。
その後教授の研究室に所属し、こうして勧誘を受けるまでになるのだから、
ご縁の深さが感慨深い。

ただ私は、決して賢くはない。
どれくらいの賢さかというと、小難しい研究発表を15分も聞いていると
資料に落書きを始めてしまうくらいである。
だから卒業研究には身が入らなかったし、ギリギリまでサボり続けた。
「今日は進捗を報告しに来てくれると言っていたのに、どうして来なかったのですか。」
聞いてくれた先生に、次のような返信をしていた。

おい私、ふざけんな

こんな私でも、実際に力を注いでみると、研究は嫌なものではなかった。
アルバイトの長期休暇をもらうこととなり
週6で論文を書き進めていると、一つのことに没頭する楽しさが私を包んだ。

でも…それを仕事とする心の準備はできていない。
周囲でも、D進(博士課程進学)するのは、頭一つ飛び抜けた人たちばかりだ。
対して私は、難しい理論を一度聞いただけでは理解できない。
一度も休まず出席し、真面目にノートを取り、それでもなぜか単位を落とし、
再履修でやっと理解した科目も多々ある始末だ。
卒業できればいいやと、興味のある科目以外はその場しのぎでやってきたのに。
その学力が商売道具になるとは。先行き不安である。

「研究職でコツコツやる方が向いとるんやないか?」
教授の言いたいことは分かる。
私はマイペースで、怒涛の納期に追われる建築業界には向かないのだろう。
好奇心旺盛な一面や、質問上手な一面を買ってくれてもいる。

うぅ!分からん!
こいつ(自分)のスペックに、人生フルベットしていいものか⁇

後悔はしたくない。考える時間が必要だ。
ひとまずバイトを辞めることにした。
急に人手が足りなくなるのも困るので、年末まで来られる範囲で来てねと言って頂けた。
これでバイトは週1になった。


さて、余った時間で何をするか。
研究を進めて、新しく論文を書くことにした。
学部の授業で不安があるものも、再履修することにした。
「学部時代の勉強不足が気になっています。潜りのような形で授業を受けさせていただけませんか?」
「歓迎します。ZoomのURLを送りますね。」
一度受けた授業を、卒業後に再度受けてみて、気づくことが多かった。

意外と私は、習ったことを身につけている。
様々な授業で何度も同じことをやるため、基礎レベルの理解は構築できていた。

意外と先生方の授業は、分かりやすかった。
確かにやる気のない先生はいたが、熱意を持って授業してくださる先生の方が多い。勝手に失望することで、学びの機会を見逃していたのだ。

YouTube動画で数学も復習。

就職活動と並行して、他大学の研究室の見学にも出かけてみた。
大学によって、設備が充実している分野が違っていて面白い。
そして教授陣は、基本的におしゃべりである。
1時間の訪問のつもりが、1時間40分もお付き合い頂いてしまった。

彼らとお話をしてみて、研究者にもいろいろなタイプがいると知った。
廊下で挨拶も返してくれない、孤高の天才型。
大学まで文系で、修士からこの道に進んだ人。
一度はデザインの仕事に就き、遠回りをして研究職に導かれた人。
経験を重ねることで、実力も成長するんだ。

学問って、意外と開かれた場所なのかもしれない。


研究に時間を割き、職業として続けたいか考える。
大学の授業を受け直し、TOP3のレベルにまでは持っていきたい。

今の私にできる決心は、これくらいである。
グレーゾーンの不安定さが、心を覆う。
でも、負けないのだ。
自分を鍛えて、疑いようのない選択に辿り着くのだ。きっと。

最後にどうするかは、時間をかけて決める。
結論は、まだない。

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