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Kort roman

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私のそばに常にある、短編小説
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#やってみた大賞

ぬきさしならぬ、銀座線

ぬきさしならぬ、銀座線

 平手を打った私の右手はじんわりと熱を持ち始める。興奮とも開放感とも言えないそれが、とても心地良かった。

 ざまあみろ。

 清々しく言い放ってやりたい気持ちを抑えて私は席を立ち上がると、目の前の男はみっともなく私に許しを請う。私と彼の痴話喧嘩にもならないような恋愛話の顛末は、惹きつけるように喫茶店にいる観客の視線を一気に集める。まるでドラマのヒロインにでもなったかのようだ。

「じゃあね」

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センペルビウム・ライラックタイム

センペルビウム・ライラックタイム

 パスケースを改札機に当てると、ぴっ、という音が鳴った。思わず私は左手をきゅっと握る。大丈夫。私は二つの重厚な機械の隙間を縫うように通り抜けていく。ホームへ向かうエスカレーターはどうしようもないほどゆっくりと上昇していくので、もはや私に逃げ場はなかった。ほんの短い間、目を閉じてみる。静かとは言えない駅の持つ独特な音の響きが、私の体の底まで揺らしているようだ。

 まもなく、一番線に、各駅停車、京王

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